湊の文化財 明治時代の土管
こんにちは、湊っ子ちゃんです。
湊一丁目には、明治時代の土管が残されています。鉄砲洲通り沿い、旧稲荷橋たもとの、ビルの植え込みのなかに、あふれる緑に紛れ込むようにして、その土管はそこに居ます。
3つの土管は、まるで鉢植えのように、中に草花を茂られています。いつも、通りすがり眺めながら、鉢植えにしては随分と大きいなぁ、なんて思っていましたら、やはりただの鉢植えではなかったのです!
先日、はじめて案内板が設置されました。そこで、皆さんにご紹介しようと思います。
平成28年、湊二丁目第5次発掘調査が行われました。
そのときに出土したこの土管は、明治時代、井戸の汲み取り口用として使用されていたもので、常滑焼です。3段、重ねられるようにして発見されました。このように、大型の土管が、その姿をきれいに留めた状態で発掘されることは珍しいそうです。
今は鉢植えに役割を替え、3つ揃って並んでいます。案内板も、「鉢植えに利用されている土管は‐」という言葉から始まっているところに、ユーモアを感じました。貴重な遺跡が、鉢植えになっていることを、了解してくれている案内板。何だか、ほのぼのしてますね。
江戸時代、現在の愛知県常滑市では、大型の壺や甕(かめ)が生産され、明治時代になると、都市の近代化とともに量産されるようになりました。この土管もそのひとつで、当時の人びとの生活を伝えてくれるものですね。
所在地:東京都中央区湊1-8-15付近
中央区観光協会特派員 湊っ子ちゃん
第51号 令和元年5月25日