築地本願寺 令和7年6月 参拝カード 紫陽花も睡蓮も開花
6月になり、雨に映えるのが紫陽花。
今日は築地4丁目交差点の方から入ると、ひときわ艶やかな青い紫陽花が咲いていました。
先に外国人女性2人が男性を撮影していました。
その撮影が終わるのを待って、「ちょっと、写真を撮りたいのですが・・・」というと、
その男性は親鸞聖人の御尊像の方に戻って、ポーズを決めようとしたので、
『I want to take a pictuire of flowers.』
彼は、凄いサービス精神旺盛な方だなと思いました。 女性のカメラパーソンは、笑っていましたが。
素敵な写真が撮れました。
睡蓮も開花
この睡蓮は、モネの絵に描かれた睡蓮のようです。
これから、和風の睡蓮が続いて咲いてくれるのが楽しみです。
令和7年6月の参拝カード
貪愛瞋憎之雲霧
左側に、「貪りや怒りは雲や霧のようなものである」と添え書きがあります。
裏面のお教えを拝読しますと、次の通りです。
「阿弥陀さまが照らしてくださっているのに、雲や霧に包まれるかのように、
私たちは貪りや怒りで我が身を覆ってしまうものです。 だけど・・・」
築地本願寺新報 今月の特集 編集委員が選ぶ人生観が変わる、心奮える漫画
今月は、「編集委員が選ぶ人生観が変わる、心奮える漫画」を紹介してくれています。
それぞれの作品の紹介で、「作品の終盤、戦場から生還した元兵士が、戦争体験を作品化したいという漫画家に冷たく問います。 体験していなくても描けるとお考えですか」との、会話が紹介されています。 本作品は、それへの答えと成りえていると思います。と 紹介者のお名前も添えてご意見が書かれています。
別の作品では、「多様性を考えるきっかけになるかも知れません。地球人である『私』の価値観が何度も揺さぶられる作品です。」という論評の作品もあります。
「仏教は私のモノサシで問うのではありません。 私のモノサシを問うのです」という有名な言葉が思い出されます。という評価の本も紹介されています。
人生はいつでも学びの途中『MASTER キートン』、MASTER KEATONについての、論評には、キートンのセリフがいくつか紹介されています。
「人間はどんなところでも学ぶことができる。 知りたいという心さえあれば。」推薦者のお言葉の通り、人生においていつでもどこでも学びの途中というのは素敵なことですね。
『MASTER KEATON 完全版』全12巻ある大作のようです。
あっち、こっち、どっち も楽しく拝見
米どころの新潟での夕飯、そして朝食、昼食にまつわるお話を拝聴しました。
これこそ、食に関する貪欲な煩悩だなと思い、同感しました。 食欲があるから、食文化は発展し、人生は楽しいのだとも思いました。
お米が主食で、魚があり、海苔があり、肉があり、野菜があり、漬物のある日本。
主食が変更されれば、周辺の副食も変化する可能性も出てきます。
沢山の生産者の方々が知恵を絞って、美味しいものを提供して下さっています。手をあわせ、感謝して頂きます!