築地一丁目地区再開発…の周りには見所がいっぱい。
築地再開発、というと築地市場跡地が注目されていますか、もう1箇所、築地一丁目地区再開発というものが着々と進んでいます。
首都高都心環状線近く、以前は電通やその関連企業等々、企業城下町的なエリアでした。
その跡地に、オフィスや店舗、そして保育所から高齢者障害者福祉施設、観光案内所、コミュニティスペースなどが入る複合施設が出来上がることになります。
詳細は中央区HPをご覧下さい。
HPに覆凱化広場(ふくがいかひろば)という言葉がでてきています。
あまり聞き慣れない言葉ですが、建築用語で、あるものを上から覆うとか、かぶせる、ということ。
建築、土木、環境分野などで使われる言葉です。
近くを通る首都高を覆い被せて広場にする計画ですね。
最寄りの築地駅へのアクセスも良くなるとか。
環境対策をみてみると、歩行者空間の充実、勾配のフラット化等、人が主役だというのがわかります。
エンタメ施設の導入もあり、賑わい、新しいカルチャー発信基地のエリアになることも期待できますね。
街開きは2032年度を予定しています。
桂川甫周と屋敷跡
そしてこの辺りには沢山の名所、史蹟があります。
先ずは….
桂川甫周といえば「解体新書」編纂者として有名ですね。
桂川家は代々徳川幕府の奥医師を務めた家柄でこの時代の甫周は四代目となります。
前野良沢、杉田玄白、中川淳庵とともに、原本となった「ターへル・アナトミア」を翻訳、4年の歳月を重ね完成させました。
翻訳を手掛け始めた時、桂川甫周は21歳だったとか。
凄いですね。
今は工事中のため跡地は塀に囲まれていますが、説明書が塀に貼られています。
これは工事前の写真です。
そして….中央区役所の横にひっそりと、
土佐藩といえは坂本龍馬を思い出す方も多いでしょう。
そして….新劇のルーツとされている、
大正13年から昭和20年まであった劇場です。
建物は空襲により無くなってしまったとのこと。
こちらも工事中につき写真の説明看板は撤去されています。
坂本龍馬は沢山の名言を残していましが、根底には、身分や出自にとらわれず、個人が行動によって時代を変えられるという信念を持っていたようです。
築地小劇場は、どんなに小さくても、生きた芝居のできる劇場を作りたい、という信念から生まれています。
こんな熱き先人達が闊歩した街を想い馳せながら歩いてみては如何でしょう。
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