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江戸時代の人はナンバ歩き?

読者の皆様は『ナンバ』という言葉に耳慣れないかもしれません。昨年私は中央区観光協会の依頼で、8月の旧盆の時期に佃島の「盆踊り」に来場した外国人の方々への通訳という経験をさせていただきました。その経験をブログに書きましたが、そこで「佃の踊り」はナンバ踊りに起源を持っているという説があると記述しています。ナンバ歩きとは、古き日本を生きた人々の歩き方です。

小学校の頃に緊張すると、両手を元気に振って歩けず右手と右足、左手と左足が一緒に出たりしたことはありませんか?ナンバ歩きはそのような歩き方です。

江戸時代の浮世絵などの絵画でナンバ歩きの実態を最初に調べてみましょう。

桃山時代に南蛮人の姿を模写した絵として狩野内膳筆の「南蛮屏風(重要文化財)」があります。武士も南蛮人(嫌な言い方ですね)ナンバ歩きをしているように見えます。この絵が真実を描写しているかどうかは不明ですが、このような姿が一部でも見られたので、このような描写をしたのでしょう。

 

 

写楽が描いた「大谷鬼次」はナンバ歩き?

写楽が描いた「大谷鬼次」はナンバ歩き? 江戸時代の人はナンバ歩き?

代表的な浮世絵の1枚「大谷鬼次(2代目)の江戸兵衛」(東洲斎写楽, 1794)を見てみましょう。足元は描写されていませんが胴回りの向きから推測すると左足は前に出している構図となるからナンバ歩きをしているのは間違いないでしょう(左肩が前に向いていて、前傾しています)

皆さん、浴衣(ゆかた)を着る機会がありますか?外出先で着崩れて困った人はいるはずです。なんで江戸時代に人は着崩れるような着物を着ていたのでしょうか?現代の私たちの普段の歩き方では胴回りをねじって歩くために着物がすぐさま肌蹴(はだけ)てしまいます。侍が現代人のような歩き方をしていたとしたら、悲劇的ですね。脇腹から挿した刀が落ちてしまいます。江戸時代までの人は、歩くとき胴回りをねじらぬ様に工夫して歩いていたと考えられます。具体的には小さな歩幅で小走りに、腕は振らず歩きます。走るときには手を胸元や脚の付け根において、肌蹴る着物を直しながら走るか、刀を押さえながら走る格好となります。そのような歩き方や走り方は胴回りをねじらない様にしている点において、ナンバに共通します。

時代劇映画の侍・町人は現在の我々と同じ歩き方をしていますが、江戸時代のそれらを正しく表しているとは言えません。私はず~~と映画のシーンに疑念を持っていませんでしたが。

下駄の履き方

下駄の履き方 江戸時代の人はナンバ歩き?

履物も着物同様に明治時代を境に大きく変わりました。江戸時代までの履物として下駄(げた)や草履(ぞうり)が代表されますが、これらの履物には現代の私たちが履いているような踵(ヒール)に相当するものがありません。現代人は踵から床に付いて歩きますが、江戸時代までの人は踵接地(かかとせっち)でなく前足接地となっていました。(学生時代に和弓を習っていた私は弓道場を摺り足で歩いていたことを思い出します。その頃は「ナンバ歩き」という言葉さえ知りませんでしたし誰も教えてくれませんでした)

江戸時代までの日本人が摺り足(すりあし)で歩く理由として、日本においては着物による制約のため小さい歩幅で歩くことから踵接地する必要性がないこと、踵を少し浮かして歩くことにより、脚全体がバネの役割を果たし、悪路や傾斜地を歩くには適していることが考えられます。これもナンバ歩きといえます。私は日本人であるにも拘わらず、前足接地ができないのでのぼりの坂道が不得手で疲れます。

 

飛脚の走りは「ナンバ走り」

飛脚の走りは「ナンバ走り」 江戸時代の人はナンバ歩き?

現代人が一日に歩ける距離は30~40kmと言われていますが、ナンバによる歩き(走り)をした場合には、1日に100km以上走ることも可能と言われています。前傾して走ることから、歩幅も20~30%広くなり手を交互に振る現代人の歩き方よりも疲れにくいことから、このように距離を稼ぐことが出来るようです。飛脚は当然ナンバ走りで「早く」「長距離」を走り荷物を届けます。江戸日本橋から京都三条大橋を結ぶ全長約490kmの街道を、最速丸3日、72時間という記録があります!もちろんリレー方式(駅伝で)、一睡もせずに行ったようです。

「ナンバ」の名称は、古武術研究家の甲野善紀先生の著作などにより一般に知られるようになり、陸上の末次慎吾選手が採用したということで一層有名となりました。

日本人の生活スタイルが江戸時代に比べて変わったために、『ナンバ歩き』は一般にはすたれてしまっています。日本人の体形は変化していますから、ナンバ歩きが合っているのか現代的な歩き方が良いのか断定はできませんが、もともと短足・扁平な日本人にとってはナンバ歩きを見直しても良いのではないかと思います。

私も散歩の時周りに人がいない時を狙って、『ナンバ歩き』をするように努めていますが、なかなか慣れません。