獅子頭の内側から見えたもの
新年の築地波除稲荷神社
テンツクテンツク 太鼓の音
ピーヒャラピーヒャラ 笛の音
テンツク「天衝く」は、天に届くほど高く、勢いが盛んなこと。
ピーヒャラは、浮き立つような軽やかなお囃子。
お正月になると、絶対あいつが来るんだ。
ボクを抱っこしている大人は嬉しそうだけど、
迷惑そうにしているボクの表情にも気づいてよ。
ほらほら、近くの子供達から緊張した悲鳴が聞こえる。
身をよじって逃れようとしているのに、親はニコニコ笑っている。
「頭が良くなるし、からだも丈夫になるよ」
そんな根拠はどこにあるんだ。
自分達には直接痛みがないから気楽なもんだ。
来たっ。
唐草や渦巻きなどの吉祥文様の生地をまとった、金色や赤色のお獅子が、やたら口をガクガクさせて威嚇してくる。
ボクのからだがこわばる。
口があごまで裂けて、真っ黒な中身が・・。(おじちゃんの姿が一瞬見えた。)
親は無情にも、ボクの頭をお獅子の口の中に突っ込んだ。
いやぁ。
お獅子にパクパクされた。
前にいる女の子と違って、ボクは少しお兄ちゃんだから、涙は流さない。
その代わり、笑いながら抱っこしているパパの顔を思い切り睨み付けた。
改修前の獅子殿
平成5年新春、築地波除稲荷神社へ初詣に行った。
鳥居をくぐって、社殿の右手にある獅子殿。
厄除天井大獅子。高さ2.4m、幅3.3m、重さ約1t。
樹齢約三千年前の黒檜(ねず)の原木を用いて削り出されたという、
日本一の獅子頭が鎮座している。
その獅子殿の様子が変わっているのに気づいた。
それまでは、獅子殿の階段を登った場所に据えられており、参拝する時も緋毛氈を上がっていた。
それが階段を取り払い、獅子頭の周りをぐるりと巡回することができるのだ。
社務所にいらした巫女さんに尋ねたら、昨年末に獅子殿を新たにされたとのこと。
獅子頭を手に触れられそうな位置まで近づくことができ、俄然迫力ある姿を見上げることができるのだ。
つきじ獅子祭で練り歩く時には、頭のうしろに飾り幕が掛けられているので、直に頭の内側を見ることはできない。
その日頃見ることが難しい内側である。
思わず胸が高鳴る。
深呼吸をして、拝ませていただいた。
『平成二年五月吉日 知田清雲作』
獅子頭の制作・修理を手がける名工の銘である。
例祭の様子を表わした模型。
以前、加賀獅子四百年の伝統を受継ぐ工房を訪ねたことがある。
北陸鉄道石川線。
人畜無害な乗り鉄の私は、「鶴来(つるぎ)駅」という名前に惹かれ、終着駅に降り立った。
獅子吼(ししく)高原のゴンドラリフトにいたる道筋に工房はあった。
名峰白山の懐に抱かれた緑の濃い街だった。
対をなすのが、社殿の左側に控える「弁財天お歯黒獅子」。
平成十四年六月、同じ知田清雲氏の制作による。
一声で万物を威伏させる雌雄の獅子頭が揃えば、「災難を除き、波を乗り切る」という力も一層上がることだろう。
獅子頭の内側の口や鼻先からは、外の様子を見ることができた。
どんな景色が見えるかは、是非ご自身の目で確かめてくださいね。