「伝える―災害の記憶」あいおいニッセイ同和損保所蔵災害資料「明治の災害とメディア」展
あいおいニッセイ同和損保所蔵災害資料とは
「同和火災海上保険」初代社長 廣瀬鉞太郎氏が自ら経験した関東大震災をきっかけに収集
その数およそ1400点
日本全国で起きた地震、津波、噴火、台風、大雨、雷、大火、疫病等々あらゆる種類の災害記録で、
江戸時代中期から大正時代まで2百年以上におよぶ膨大なもの
本展では、明治以降メディアがどのようにして災害を伝えていったかという視点から一部をご紹介
2024年9月1日(日)~29日(日)(入場無料)
11:00-19:00(月曜定休・最終日17:30まで)
https://unpel.gallery/exhibitions/douwakasai2024/
両親愛子の最后を見送る図ほか三図
石版/明治30年(1897)山本 松谷
作品解説
明治29年7月10日の『風俗画報』118号「大海嘯被害録・上」に掲載された図。
右上から時計回りに、津波で離れ離れになった瞬間の親子、材木に首を挟まれて亡くなった人、隣家の女性につかまって波に揉まれている子ども、山田町での出火から逃げる人々を描く。
山田町の出火は、罹災者たちが暖をとろうと焚き火をしたことが原因とされる。
画家の山本松谷は、昇雲の号でも知られた日本画家。現地に取材した石版画の挿画を手がけた。
日本の火災予防運動「防火ポスター」
作品解説
日本の火災予防運動は、1911年(明治44年)に米国で始まった火災予防運動による「火災予防デー」に起源があるとされています。
わが国では、明治時代後期には、「火の用心」のビラを配ったり、防火講演会を実施したりして、警火心を喚起していましたが、1926年(大正15年)に、米国にならって、全国一斉に「防火デー」を設けようとの提案がなされています。(中略)
1930年(昭和5年)に大日本消防協会は、第1回防火運動を近畿地方二府三県で実施。火災予防に関する講習やラジオによる広報を行ったほか、小学校での火災予防の講話、街頭での広報やチラシの配布、さらには消防署員らによる消防演習などが、各地で行われました。
※作品掲載 広報部ご担当者許可済
8K災害の記憶デジタルミュージアム
デジタルミュージアムも出展されていて
NHK財団の8K超高精細映像技術と、「翻刻文」のAI音声合成技術による読み上げにより、
作品の細かな描写やAI音声による説明を、8Kならではの高画質と大画面で体験できる。
さすが、今どきのギャラリー
スタッフの丁寧な解説も聞くことができ
災害に対して、他人事思ってはいけないと
あらためて気づかされました。
無料で涼をとれる大都会の一角
足を運ぶ価値大ありでした