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弁松さんの歴史
~ 日本橋弁松総本店  ~

『ギフト、そして自分も楽しむ』をして取材します、rosemary seaです。

 弁松さんの歴史
~ 日本橋弁松総本店  ~

中央区観光協会発行の「はじめて物語マップ」によりますと、"折詰料理専門店発祥のお店"として紹介されています日本橋弁松総本店さん。

前回のご紹介はこちらです。

 

今回は弁松さんの歴史につきましてご紹介させていただきます。

 

今回も日本橋弁松総本店 八代目 樋口純一さんにお世話になりました。

一番上の画像、半纏姿でお店前、撮らせていただきました。

それでは・・・

 

 弁松さんの歴史
~ 日本橋弁松総本店  ~

 食事処の「樋口屋」さん開業から、お弁当販売専門の「弁松」さんへ

 

皆さんご存知のとおり、江戸開府より関東大震災まで、日本橋に魚河岸がありました。

文化7年(1810年)、越後生まれの樋口与一さん、その日本橋魚河岸に「樋口屋」という食事処を開業しました。

これが「弁松」さんのはじまりです。

樋口屋さんはお料理の盛りの良さで評判になり、とても繁昌していたそうです。

でも魚河岸の人々はとてもせっかち、忙しくて自分の時間が持てません。

せっかくお食事が出てきても、全部食べ終わる前に席を立たなければいけないことも。

そこで与一さん、余り残ったお料理を経木(薄い木の板:この場合は木製の折詰)や竹の皮に包み入れてのお持ち帰りを勧めました。

この気配りが更に好評となり、お持ち帰りを希望するお客様が増えました。

これが弁松さんの折詰弁当のルーツ。

そして二代目の竹次郎さんの時代には、最初から竹の皮で包んだお弁当を販売するようになりました。

更に三代目松次郎さん、食事処から折詰料理専門店へ変えました。これがお弁当販売の専門店として日本最初、と云われております。

屋号もこの時「弁当屋の松次郎」が縮められ「弁松」さん、となりました。

ですから中央区観光協会発行の「中央区はじめて物語マップ」にも「折詰料理専門店発祥のお店」として弁松さんが掲載されています。

 弁松さんの歴史
~ 日本橋弁松総本店  ~

そして二代目の竹次郎さんの時代には、最初から竹の皮で包んだお弁当を販売するようになりました。

更に三代目松次郎さん、食事処から折詰料理専門店へ変えました。これがお弁当販売の専門店として日本最初、と云われております。

屋号もこの時「弁当屋の松次郎」が縮められ「弁松」さん、となりました。

ですから中央区観光協会発行の「中央区はじめて物語マップ」にも「折詰料理専門店発祥のお店」として弁松さんが掲載されています。

 弁松さんの歴史
~ 日本橋弁松総本店  ~

 西郷従道が手配した、弁松さんのお料理

 

大久保利通・・・明治維新の元勲、初代内務卿。

西郷隆盛、木戸孝允とともに「維新の三傑」と云われています。

その大久保利通、明治11年(1878年)5月14日、暗殺されてしまいます。

これが「紀尾井坂の変」。

それより前、征韓論を巡る対立から下野した西郷隆盛、西南戦争で敗れ亡くなりました。

既に袂を分かった盟友の大久保は、その余波で不平士族によりこの変で討たれてしまいます。

大久保を慕い、兄である西郷隆盛に従わず政府に留まった西郷従道は、幾重にも衝撃を受けたでしょう。しかし本当はとても冷静で、細やかでした。

この事件のことを聞き及んだ西郷従道は、大久保の屋敷に、大重箱のお料理を用意して届けさせました。

これは弁松さんのお料理、150人前。その事件で集まってきた人々のために。

届けるお料理、お弁当といえば弁松さん、ということだったのでしょうね。

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 明治から現代へ 受け継がれる「濃ゆい」味

 

甘い、辛い、濃いめの味付け。これが受け継がれている弁松さんの味。

当初は日本橋の魚河岸で働く肉体労働者向けの、高カロリーを目指しての手段であったのかも知れません。

そしてお弁当としての特質上、日持ちをさせる意味も考えられます。

ただ、当時高価であったお砂糖などをふんだんに使ったそのお弁当は、見得でもなくハイソサエティーの層にも受け入れられたようです。

経木の折詰も現在まで続けられております。

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画像の上部は弁松さんの広告。明治29年のものです。

形状は少し変わっておりますが、明治の頃のお弁当、その前の江戸の味、今でも弁松さんに脈々と受け継がれています。

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弁松さんのお店に入って正面には木製の看板とのれん。

看板は恐らく戦後のもの、これを持って大空襲を逃れた、とは聞いていない、と、樋口社長。弁松さんの八代目です。

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 六代目片岡愛之助さんごひいきのお店

 

店内右側、歌舞伎役者の六代目片岡愛之助さんのサインとお店前で撮られた写真。松嶋屋、ですね。

愛之助さん、弁松さんのお弁当をごひいきにされています。

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はっきりとした味を好まれる故の、「濃ゆい味」の弁松さん。

味を薄めることは簡単なこと、とおっしゃいます。しかしそれではせっかくの伝統の味がボケてしまう、とも。

そういった変化は弁松さんのお弁当ではなくなってしまう、と言われます。

よそでは真似できない味、この味を好まれるお客様が一人でもいらっしゃる限り、守り続けたいとの意志を持たれています。

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 東都のれん会につきまして

 

先日の日本橋鮒佐さんの記事でも申し上げましたが、日本橋弁松総本店さんも「東都のれん会」に加盟されています。・・・

樋口純一社長は東都のれん会さんのホームページ内「大旦那のちょっといい話」のコーナーで『<日本橋弁松総本店>樋口純一さんの「日本橋絵葉書びっくり展覧会」』を連載されています。

現在第5回まで載っています。全10~12回の連載となる予定、と伺いました。

樋口社長は個人的に「日本橋の古い絵葉書」を蒐集しておられ、それを厳選してご紹介しています。

ぜひご覧になってください。

東都のれん会さんのホームページはこちら

⇒  http://www.norenkai.net/

 

・・・次回はこのブログでの樋口社長の蒐集する日本橋絵葉書の展覧会、そして社長インタビューへと続きます。

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日本橋 弁松総本店

日本橋室町1-10-7

東京メトロ半蔵門線・銀座線 三越前駅 より徒歩3分

03-3279-2361

営業時間  平日 9:30~15:00

      土日祝 9:30~12:30

電話受付  平日 8:30~16:00

      土日祝 8:30~13:00

日本橋弁松総本店さんのホームページはこちら

⇒ http://www.benmatsu.com/