あすなろ

才知に長ける阿茶局

雲光院は、1611年(慶長16年)、徳川家康の側室阿茶局の発願により建立された浄土宗のお寺です。

阿茶局の法号である「雲光院」がそのまま寺号にも当てられました。

 才知に長ける阿茶局

阿茶局は、甲斐武田氏の家臣飯田直政の娘として生まれました。文武に優れていましたので側室でありながら、家康公の信頼を大いに得てからは戦場や政治にも身を置きました。

大坂の陣では、和睦成立の重大な局面で幕府方交渉役として歴史に残る活躍をされました。天皇家からも信頼を得て1623年(元和9年)には「従一位」に叙せられています。

 才知に長ける阿茶局

雲光院は、創建当初は日本橋馬喰町の浅草橋近くにありましたが、大火で焼失したため1657年(明暦3年)に神田岩井町に替地となり、さらに1682年(天和2年)に現在の深川の地に替地となりました。

 才知に長ける阿茶局

手入れの行き届いた境内はとても清々しいです。

 才知に長ける阿茶局

自らが開創した雲光院に葬られています。
阿茶局の姿に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

 才知に長ける阿茶局

<2025年8月末撮影>

◆龍徳山 雲光院
 東京都江東区三好2-17-14

◆中央区沿革図集[日本橋篇] 延宝年中之形(1673~1681年)浅草御門内 横山町通塩町北側