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日本国海図及び海洋調査発祥の地

築地5丁目の東京国税局の庁舎前広場に「日本国海図及び海洋調査発祥の地」の水路記念碑が建っています。

1871(明治4)年に、明治政府は、海運や国防のために船舶が安全に航海するため、海の深さや目標物を記した海図の整備が急務であると考え、兵部省海軍部水路局を、築地にある海軍兵学寮の校舎の一室を使用して設立しました。そして同じ明治4年に、測量艦「春日」(船長:柳楢悦(やなぎならよし)1,269トン)に北海道沿岸の測量を命じ、その測量を終えて、その帰途に釜石港の測量を実施しました。

 日本国海図及び海洋調査発祥の地

(出典:国立公文書館デジタルアーカイブ)

上図が、日本人のみの手で作られた日本最初の海図で、1872(明治5)年に刊行された「陸中国釜石港之図」です。「釜石」が海図第一号に選ばれた理由としては、当時の釜石は小さな漁村でしたが、官営製鉄所の開業をまじかに控えていたことと、函館と東京を結ぶ航路の中間補給地点として重要な港になっていたことが理由と考えられます。

海軍兵学寮に設置されていた水路局は、兵部省が買収した「築地ホテル館」に移転しますが、明治5年の「銀座大火」により築地ホテル館が焼失したため、芝山内(芝公園周辺)に移転します。そして1910(明治43)年、築地の新庁舎が完成し移転します。太平洋戦争後は、1948(昭和23)年、海上保安庁が発足して水路局となります。その敷地は、現在の朝日新聞東京本社及び東京国税局を含む敷地でした。

 日本国海図及び海洋調査発祥の地

上の写真は、旧築地市場正門前跡から撮影した海上保安庁の水路局跡地の写真です。正面の茶色の建物が朝日新聞東京本社、奥の白い建物が東京国税局です。朝日新聞東京本社は1980(昭和55)年、有楽町から移転してきました。海上保安庁水路局は、2011(平成23)年に江東区青梅に移転しました。東京国税局は2015(平成27)年に千代田区大手町から移転してきました。水路局は現在、千代田区霞が関で海上保安庁情報部として業務を遂行しています。

参考文献:釜石海上保安庁ホームページ

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