中央区ものしりクイズ 36
解答と解説
1 運動会です
1874年(明治7年)3月、築地にあった海軍兵学寮(後の海軍兵学校)において、「競闘遊戯会」という名称で開催された。生徒たちが「一番組」「二番組」に分かれ、短距離走や玉入れの原型とされる「ボール投げ」など、18種目の競技で競い合ったと記録されている。この競闘遊戯会が、日本の学校教育に大きな影響を与え、全国に広まっていく運動会の起源であり、日本初の運動会といわれている。
2 宝くじです
八官神社は、東京都中央区銀座8丁目にある、歴史深くユニークな神社である。
銀座の賑やかな繁華街、ビルの合間に鎮座しており、銀座のパワースポットとして親しまれている。
八官神社は、もともとこの地が「八官町(はちかんちょう)」と呼ばれていたことに由来する、地域に根差したお稲荷様。
江戸時代から「火防の神」として、また銀座の地ならではの「商売繁盛」や「金運アップ」のご利益があるとして、地域の商店や働く人々に深く信仰されてきた。近年では、近くで宝くじを購入する前に参拝に訪れる方もいると言われている。
3 スクエアです
十思スクエアは、日本橋小伝馬町にある、地域のコミュニティや福祉、歴史、文化の拠点となっている複合施設。昭和初期に建てられた旧中央区立十思小学校の校舎(震災復興小学校)を有効活用している。
中央区の「十思コミュニティルーム」をはじめ、高齢者在宅サービスセンターや保育園、保健センターなどの各種地域福祉施設が入っている。
この地は江戸時代に「伝馬町牢屋敷」があった場所としても知られており、隣接する十思公園には、幕末に刑死した吉田松陰の碑や、江戸の時の鐘(十思の鐘)がある。
4 税関です
「運上所」は、幕末から明治初期にかけて、開港地や開市場に設置された現代の「税関」の前身にあたる機関。輸出入貨物の関税の徴収や貿易の取締り、さらには外交交渉や入国管理などの窓口としての役割を担っていた。
もともと「運上」とは、江戸時代に幕府や藩が商人や職人などの諸業者に課した営業税(営業免許税)を指す言葉。幕末に諸外国と条約を結び国際貿易が始まるにあたり、臨時の外国取引窓口・税関の名称として「運上所」が使われるようになった。
江戸(東京)における運上所は、幕末の慶応3年(1867年)、現在の中央区明石町(築地鉄砲洲)に設置された。
安政の五カ国条約(修好通商条約)に基づき、幕府は築地鉄砲洲明石町の一帯を「外国人居留地」として指定した。これに伴い、貿易業務や居留地管理のために「江戸運上所」が作られたのが始まりである。
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