三重テラス第3回『みえへの道』~忍者と道~講演会
三重大学人文学部 山田雄司教授
忍者が大好きな桜やよいが三重テラスでの忍者講演会『忍者と道』のタイトルを聞いただけで、わくわくして参加しました。
講師の山田雄司先生は国際忍者学会会長を歴任なさっており、世界的な忍者研究の第一人者です。
海外講演は27ヶ国100回以上なさっています。
海外でも忍者熱が高いようですね。
2011年三重大学人文学部教授・三重大学国際忍者研究センター副センタ―長・専門は日本中世信仰史
2012年忍者研究に携わり、日本各地の史料調査を行う。
テレビ・映画等、忍者関連作品の監修・出演も多数なさっているとのこと。
講演要旨
〇忍者といえば、伊賀・甲賀が有名ですが、南北朝時代から江戸時代にかけて、日本各地に忍者が存在。
その中でも優秀だった忍者が伊賀・甲賀忍者だったとされている。
忍者の主な任務は情報を収集すること。
忍者が各地を旅して記した日記が、松本の芥川家文書に残されている。
〇江戸時代になると、時には藩主に命じられ、遠い地域に赴任して状況を探り、報告する任務をする。
忍者には様々な歩き方が伝わっており、『早道』とも呼ばれ、長距離を走っていち早く情報を伝達。
忍者の歩行術
〇藤田西湖の説く歩行術『忍術秘録』1936年
⓵爪先歩き・足の甲で歩くという2つが歩行の基礎となる。
②前方・後方・横歩き・斜歩き・這行・速歩の歩き六方を練習する。
③速歩は1時間に4里(約16Km)・1日に40里(約160Km)歩くのが忍法の定法である。
〇『正忍記』「夜道の事」足なみ10ケ条に記す歩き方
⓵ぬき足:足先を地面から抜くようにする歩き方
②差し足:足先から地面に触れる歩き方
③すり足:足を地にすって歩く歩き方
④しめ足:内股ぎみに太ももの内側をすり合わせる歩き方
⑤飛び石:飛び石を渡るように大きな歩幅で飛ぶように歩く歩き方
⑥片足音:片足で跳びながら進む方法
⑦大足:歩幅を広くして大股で踏み出す歩き方
⑧小足:歩幅を小さくして小股で踏み出す歩き方
⑨きざみ足:素早く小刻みに足を踏み出す歩き方
⑩はしり足:早歩きで、走ることを含める場合もある
⑪常の足
道を知る必要
『万川集海』巻第11 陰忍1 城営忍章上
〇忍道を職業とする者は、天下が平和な時に諸国やあちこちの城を巡り、その防備の強固さや弱点を見極め、攻め入るべき場所、脱出するべき場所、そのほかすべてのことに注意を払い、工夫し納得した上で絵図に描き残しておくべきである。
〇たとえ一度取ったことがある、あるいは全く知らない国や郡に入るようなときには、抜け道や細道を特に選んで通り、「どちらの方向が険しいか」「どちらが平坦か」「その道は広いか狭いか」、あるいは「どこからどこまでの道のりは何里あるか」「その国からどこの里へ抜ける道は、どこを通ってどちらの方角に出るのか」など、獣道に至るまで、念入りに人に尋ねて知り、自分の目で見て覚えておくべきである。
松本藩主戸田氏に仕えた忍び『芥川』
〇芥川家は、甲賀21家のひとつで、芥川七郎兵衛・清右衛門は島原の乱で従軍。
①1672寛文12年美濃加納藩主戸田(松平)光永に忍術をもって申し立て、18石3人扶持で召し抱えられる。
②淀藩・鳥羽藩と移り、1726(享保11)年3月21日、光永の孫光慈(みつちか)が松本藩に転封となったことにより芥川氏も松本に移り、城下で忍び役として仕える。
③戸田家4術:槍術菅沼氏・砲術黒田氏・医術松原氏・忍術芥川氏
芥川義成『道中日記』
〇芥川九郎左衛門義成(1829-1908)
①1856(安政3)年3月19日松本を出発、日本海廻りで糸魚川、越後、津軽、蝦夷地を訪れて5月28日に日光東照宮に着くところまでを記した日記。6月3日松本に戻る。「修行のため」
松本~青森690Km 23日・蝦夷地(松前・箱館滞在) 180Km 13日・下北半島~松本930Km
27日
全行程 1,800km 63日
②1856(安政3)年4月29日 箱館では、異国船が接岸し、「異人」が上陸して町を往来して風紀が乱れ、役人たちが見回っている状況が記される。
③4月晦日 箱館逗留、異国船の大きさが約72m~90m。公儀は警備にあたる。
④1856(安政3)年5月1日 箱館立 鶯ノ木 蝦夷人を見るとしてその風体を記し、11日にも蝦夷地からの話としてその風習を詳しく記す。
⑤歩行距離
・朝5つ時(8時頃)出発。1日長い所で50Km程度歩く。平均35Km程度歩く。1時間に4Km弱歩く。
船に乗ることも。江戸時代の人は1日35Km程度歩いた。
・日記には、道中の距離、それぞれの街の特徴を記す。名所にも立ち寄る。
・継飛脚は1日120~150Km。1人10Km程度交替で走る。1日80Km走った通し飛脚もいた。
〇芥川義成の訪れた地
⓵1857(安政4)年:伊勢・大和・京都・大坂
②1858(安政5)年:四国・金毘羅・万延元年:江戸・水戸
③1862(文久2)年:長崎・江戸・京都
④1863(文久3)年:横浜
⓹1864(文久4)年:江戸
⑥1865(慶応元)年:長州
⓻1866(慶応2)年:大坂・広島・大坂・芸州(安芸国)
⓼1868(慶応4)年:江戸・越後
⑨1871(明治4)年:東京
最初は「修行の為」が多いが、以降は「ご用の為」
幕末の朝廷・幕府との幕末の混乱期にも藩のための諜報活動を行っていた珍しい資料である。
忍者の諜報活動は現在のスパイ活動にもつながり、より最新の情報が手に入れば、先手を打った行動ができると考えると、より忍者に興味が湧いてくるのです。
日本に残っている芥川氏のような資料をもっと知りたいので、山田雄司先生の次回の三重テラス講演を楽しみにしています。
主催者 一般社団法人 三重県社会基盤整備協会
三重県内の29市町の首長を会員とし、三重県の社会基盤整備の促進に資することにより、住民福祉の向上に寄与することを目的に活動を行っている組織。
会長 河上敢二熊野市長
〇本会の活動
⓵道路整備の促進活動について力を注いでおり、啓発活動を通じて、道路整備や保全管理の必要性を広く普及啓発し認知していただくことが大切と考えている。
②東京での三重県の情報発信拠点である三重テラスにおいて、三重テラスにおいて、三重県の道路事情をPRするとともに、「道」をテーマとした講演会を開くことで、三重県への関心を高めていただき、ひいては三重県を訪れるキッカケに繋げたいという思いで、令和4年度から隔年「みえへの道 講演会」を開催している。
(三重大学人文学部教授 山田雄司様・三重社会基盤整備協会参事 船入公孝様に写真・記事記載の承諾をいただいております)
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