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大学発祥の地巡り 前編

東京には、中央区を発祥の地とする大学が多くあります。

江戸の中心であったこの辺りに、明治維新前後に志を持った学び舎がいくつも生まれ、それが現在の大学に続いています。

残念ながらほとんどの大学は他の地区に移転してしまいましたが、発祥の地として各大学の記念碑が建てられています。

実は聖路加国際大学の周りの狭い範囲に記念碑が集中して立っています。

まずはちょっとした散歩がてら、それぞれの個性あふれる記念碑をめぐってみましょう。

聖路加国際大学

聖路加国際大学 大学発祥の地巡り 前編

最初は記念碑ではなく、大学本体のある聖路加国際大学からスタート。

地下鉄築地駅から隅田川方面に進んでいくと、聖路加国際病院の隣にピンクベージュの建物が見えてきます。

聖路加国際大学は、大正9年、キリスト教の宣教師でもあったトイスラー医師が創立した聖路加国際病院附属高等看護学校を母体としているそう。

堂々としたなかに優しさを感じる建物です。

次に、聖路加国際大学を背にして築地川公園の横を築地本願寺方面に1分ほど歩きます。すると「あかつき公園 冒険広場」が見えてきます。その中に

「工学院大学学園発祥之地」

の碑があります。

工学院大学

工学院大学 大学発祥の地巡り 前編

工学院大学は、初代東京帝国大学総長・渡邊洪基などが尽力し、明治20年に創立された工手學校を原点としているそう。工業の近代化が進む中、実践的な技術者の育成が強く求められ、社会の現場で活躍できる技術者の育成をめざしたそうです。

石造りの重厚かつ大きな記念碑です。

「あかつき公園 冒険広場」は午前9時から午後5時まで(11月から3月は午後4時まで)と開園時間が決まっていて、時間外は門が閉まってしまうので、訪れる際は時間をチェックしてください。

そこから聖路加国際大学にもどり、敷地内の聖ルカ通りと並行した歩道を隅田川方面へ約3分歩いていくと、左手に

「立教学院発祥の地」

の碑が現れます。

立教大学

立教大学 大学発祥の地巡り 前編

米国聖公会の宣教師、チャニング・M・ウィリアムズ主教によって、明治7年に立教学校が創立されました。立教学院が聖路加と縁が深いことがうかがわれます。

記念碑は黒くユニークな形で存在感がありますね。

道なりに歩いて聖路加国際大学の敷地から出て、左に曲がり、明石小学校方面へ向かいましょう。

3分ほど歩き、明石小学校を左に通り過ぎたすぐ右の歩道に

「関東学院の源流 東京中学院発祥の地」の碑が立っています。

関東学院大学

関東学院大学 大学発祥の地巡り 前編

明治17年、横浜山手に米国バプテスト伝道協会により横浜バプテスト神学校が創立、明治28年築地に東京中学院が創立され、のちの関東学院の源流となったそう。

キリスト教に関係のある学校が多かったことがわかります。

ここまで徒歩10分圏内に3つも記念碑がありましたが、まだまだあります。

道の反対側に目を向けると、東京都選定歴史的建造物に指定されている、カトリック築地教会聖堂が見えます。正面にドーリア式の柱が並ぶパルテノン様式の聖堂は実は木造建築。こちらも時間があれば覗いてみてください。

明石小学校と聖路加国際病院の間の「居留地通り」を左に折れ、大きい通りを渡ります。通り沿いに左に進んでしばらく行くと、歩道の左脇に

「明治学院発祥の地」

の碑があります。関東学院の碑から歩いて4分くらいです。

明治学院大学

明治学院大学 大学発祥の地巡り 前編

明治学院は、「ヘボン式ローマ字」で知られる米国の宣教師・医師のヘボン博士の英学塾「ヘボン塾」から始まり、石碑には、明治10年に開設された、東京一致神学校を基とする、と刻まれています。

さらに道なりに1分も進めば

「青山学院 記念の地」

という碑がすぐ現れます。

 

青山学院大学

青山学院大学 大学発祥の地巡り 前編

青山学院は、米国のメソジスト監督教会の宣教師によって明治7年以降創設された3つの学校を源流とし、そのうちのひとつがここにあったようです。

このあたりには大学だけでなく、キリスト教系の中学高校の発祥記念の碑もたくさんあります! まるで宝探しゲームのように

あ、こんなところにも!と発見がありますよ。

 

駅の方に戻りがてら、聖路加タワーを背に聖路加国際病院を右に見て聖ルカ通りを築地駅方面に7分ほど歩きましょう。

左側に少し開けた場所があり、そこには

「慶応義塾発祥の地記念碑」

があります。

 

慶応義塾大学

慶応義塾大学 大学発祥の地巡り 前編

慶応義塾は、江戸時代の安政5年に福澤諭吉が中津藩中屋敷内の蘭学塾の教師に就任したことに始まるとのこと。

書籍の形をしたオブジェの表面には、『学問のすゝめ』初編初版本の活字と同じ字型で「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」の文字が刻まれています。

このあたりは現在の大分県である豊前国中津藩の中屋敷があり、同藩の蘭学者であった前野良沢や杉田玄白らがオランダ語の医書「ターヘル・アナトミア」の翻訳をもとにした「解体新書」を出版したことにちなんだ

「蘭学事始地碑」

がすぐ横に建てられています。

 

聖路加国際病院の周りをぐるっと20分くらい歩くだけで、6個もの大学発祥の地碑を見ることができました。

居留地と言う土地柄、外国人宣教師が設立したキリスト教系の学校が多いのはもちろん、明治維新前後に新しい学問の場がたくさん中央区にできていたと思うとなんだか感慨深いです。

受験生なら、試験前にまとめて記念碑をまわったら、たくさんの大学にご縁があるかも?!

ここ以外にもまだまだ中央区には大学発祥の地の碑がいくつもあります。また追ってご紹介できればと思います。