空襲から街の人を守った馬喰町の「イーグルビル」
古くからの繊維問屋街として有名な我が日本橋横山町&日本橋馬喰町ですが、昨今はマンションに建て替わったり、あるいは、オサレリノベ系のアートなものづくりのお店になっていたり、新旧入り乱れた独特の雰囲気のある街になっています。
そんな中、江戸通りと靖国通りが交わるでっかい交差点、浅草橋交差点のところに建つひときわ目立つレトロなビルがイーグルビルです。
関東大震災後の昭和5年ごろ、東京市の助成金を受けて、当時としては最新の耐火耐震構造を施されて建てられたそうです。当時はノート類の卸問屋である「イーグルノート」さんの店舗兼住宅でした。
昭和20年3月10日の東京大空襲の際も焼け落ちることなく、周辺の人々が逃げ込んで助かることができたというのは有名な話です。地下室はそっくり防空壕にされていたそうですが、4階や屋上で火が入らないように必死に防いだ居住者の方々の尽力のおかげもあったようです。
現在は、1階が「ブリッジコーヒー&アイスクリーム」というオサレな人気のカフェになっています。店名にアイスクリームと付いているだけあって、濃厚なアイスクリームがオススメです(特にキャラメル、ピスタチオ)。6種類あり、そのうちの2種類が季節のオススメだったように記憶しています。
元々は合羽橋にあった「Bridge」さんというカフェが、2017年にこちらに移転してきたそうです。
実は、近所には、街の人を空襲から守ったビルがもう一つあって、「両国ビルヂング」といいます。こちらは残念ながら、2008年に解体され、今はマンションに建て替わってしまいましたが、関東大震災の帝都復興計画にあわせて計画、建設された近代建築の名作が建っていたそうです。やはり建てられたのは昭和5年で、家具メーカーの小菅商店のビルでした。設計は、曽禰達蔵。東京帝国大学の前身である工部大学校造家学科の第一期生で日本初の建築家。丸の内に西洋式の事務所建築を多数設計し、丸の内ビジネス街の基礎を作った建築家として歴史に名を残しているそうです。
ビルの外側に説明が記された記念パネルが取り付けられています。
そのほか、このエリアの昭和初期に建てられたレトロ建築といえば、昭和4年竣工、みなさんご存知の玉置薬局さんの玉置文治郎ビルがありますね。
レトロ建築めぐりにぜひ遊びに来てください。
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