Hanes

【遠足シリーズ第41弾】『解体新書』挿絵担当に迫る


こんにちは。アクティブ特派員のHanes(ハネス)です。
ありがたいことにこうして特派員として活動の場をいただいていると、中央区外に出かける際、行き先に中央区との関係がないかついつい調べてしまいます。
これといった関係が見つからずに出かけることも多々ありますが、そんな時に限って、偶然にも中央区との関係が見つかることもあるのです。

秋田県角館(かくのだて)市を訪れたある日、郷土料理をいただいた食堂を出ようとした時、出入口付近の壁にかかっていた木製の案内板に『解体新書』の文字を見つけました。
よく読んでみると、その食堂の向かい側にあるお寺に『解体新書』の挿絵を担当した人物の顕彰碑とお墓があるというではありませんか!
これは見逃せないと、気分の高まりも手伝って足早にそのお寺・松庵寺(しょうあんじ)に立ち寄ってみました。

 【遠足シリーズ第41弾】『解体新書』挿絵担当に迫る


参道の両脇には立派な松などが植えられており、お目当ての史跡は道路からも目につきます(向かって右斜め前の燈籠のかげ)。
そこには、昭和11年(1936年)に建立された「小田野直武碑」とその案内板があります。
そう、『解体新書』の附図は、小田野直武という下級武士の家に生まれた絵師が手がけたものなのです。

 【遠足シリーズ第41弾】『解体新書』挿絵担当に迫る


恥ずかしながら、今まで『解体新書』の挿絵担当が誰か気にして調べたこともなく、もちろん誰が解体図を描いたのかも知りませんでした。
オランダ語の医書『ターヘルアナトミア』の翻訳に取り組んだ杉田玄白前野良沢中川淳庵桂川甫周はあまりにも有名ですが、挿絵を担当した小田野直武の名は彼らほど知られていないのではないかと思います。

 【遠足シリーズ第41弾】『解体新書』挿絵担当に迫る

小田野直武碑(表)


案内板にもある通り、小田野直武が『解体新書』出版に係る一大事業にかかわることになったきっかけは、平賀源内によるスカウトでした。
財政難に苦しむ秋田藩に招聘され、鉱山の検分と再開発を試みるため角館を訪れた源内は、酒造屋の家を宿としました。
当時の伝聞が書き残された平福百穂の『日本洋画曙光』によると、宿泊先に偶然飾られていた屏風の絵の絵師が直武であると知った源内が、直武を宿に招いたのです。
生来画才に恵まれ、十代はじめには、藩お抱えの狩野派の絵師について狩野派風の絵も浮世絵美人画も描いていたと言われる直武。
彼は源内から洋風画法を学び、後に藩の特命で「銅山方産物取立役」として江戸に出立するのです。

 【遠足シリーズ第41弾】『解体新書』挿絵担当に迫る

小田野直武碑(裏)


直武は、江戸に出てきたばかりの無名の状態で『解体新書』の挿絵を任されることになったのですが、なぜそのような大役を任されることになったのでしょうか。
『解体新書』刊行前には『解体約図』が試刊されていましたが、その非常に詳密な木版下絵を描いたのは、熊谷元章という別人物でした。
本来であれば彼が『解体新書』の附図も担当するはずですよね。

しかし、『解体新書』刊行までの苦労を収めた杉田玄白による回想記『蘭学事始』では、直武のみならず、源内による推薦にも言及されていないのです。
『解体新書』附図の最後には、へりくだった直武直筆の漢文が書き残されていますが、そこからもこれといったヒントが得られるわけではありません。
なぜ既存の絵師をさしおいて大抜擢されたのか、今やその理由は想像で補うところとなりました。

 【遠足シリーズ第41弾】『解体新書』挿絵担当に迫る

右奥:「蘭学事始地」の碑(中央区明石町)


後に、和洋折衷の絵画ジャンルである秋田蘭画の創設者となる直武ですが、数え年32歳という若さで急死しています。
病死なのか政治的陰謀なのかその死因は不明で、今でも謎に包まれています。
彼が長生きしていたら、どのような作品を残したのでしょうか。
「蘭学事始地」の碑を訪れた際には、視覚に訴える挿絵で歴史的業績を残した彼にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

今回は割愛してしまいましたが、参考文献では、『解体新書』附図の扉絵のモデルとなった『ターヘル・アナトミア』とは別の解剖書のことや、原図と直武の扉絵の違いなどについても興味深い分析・解説が展開されています。
ご興味のある方はぜひ文献も合わせてご覧ください。(すべて中央区立京橋図書館に所蔵されています。)

ご紹介スポット情報

蘭学事始地碑
住所:東京都中央区明石町11先

 【遠足シリーズ第41弾】『解体新書』挿絵担当に迫る


杉田玄白らの蘭学者が中津藩奥平家の中屋敷(現・中央区明石町)に集まり、『ターヘルアナトミア』の翻訳に取り組んだことを道行く人に伝えています。
この記念碑には、直武が描いた形體名目篇圖が刻まれており、よく見ると、各部位にいろはや漢数字がふられていることに気がつきます。
詳細までじっくり楽しみたいという方は、復刻『解体新書』が収録されている『解体新書と小田野直武』がおすすめです。(詳しくは参考文献欄をご覧ください。)

参考文献

杉本つとむ『解体新書の時代』早稲田大学出版部,1987年.
杉本つとむ 訳・著『知の冒険者たち:「蘭学事始」を読む』八坂書房,1994年.
高階秀爾『江戸のなかの近代:秋田蘭画と「解体新書」』筑摩書房,1996年.
鷲尾厚『解体新書と小田野直武』翠楊社,1980年.