12月大歌舞伎【第二部観劇ガイド】
『丸橋忠弥』/『芝浜革財布』
歌舞伎には、江戸の町の息遣いや、人々の情け、反骨の気質あふれる名作が数多くあります。
12月第二部の演目は、アクションと緊張感に満ちた『丸橋忠弥(慶安太平記)』と、笑いと涙の人情噺『芝浜革財布』。
この二つの作品の魅力と見どころをご紹介します。
1. 『丸橋忠弥(慶安太平記より)』
江戸の闇に潜む義の男 ― アクションと心理戦が光る時代物
背景
徳川家光亡き後、まだ幕府の体制が安定する前の江戸初期。
この芝居は、実在した由井正雪の反乱計画(慶安事件)を下敷きに、実行部隊の槍の名手・丸橋忠弥を、義理と人情に厚いアンチヒーローとして描いた時代物です。
史実では、忠弥は寝込みを襲われて捕らえられ、家族とともに磔にされる悲劇的な最期を迎えますが、歌舞伎では知略と度胸を併せ持つ粋な義士として登場します。
人物像
丸橋忠弥は、軽口と飄々とした態度の裏に、鋭い判断力と戦闘の才、そして仲間思いの情を秘めた下級武士。
酒に酔った姿から立廻りまで、舞台上で“静”と“動”の魅力を行き来する存在です。
あらすじ・みどころ
①「堀端の場」―― 開幕直後の名場面
江戸城外堀。小雨の中、酔いどれ姿で現れた忠弥は、酒をすすりながら独白します。
「……とんだ無限の梅が枝だが、ここで三合かしこで五合、ひろい集めて三升あまり、これじゃしまいに源太もどきで、鎧を質に置かざぁなるめえ。裸になっても酒ばかりは呑まずにはいられねえ。」
訳文「「あちこちで少しずつ飲んでるうちに、結局こんなに費用がかさんでしまった。このままじゃ鎧まで質に入れなきゃならねえ有様だ。それでも俺はどうしたって酒をやめられねえ。」
(用語補足:「無限の梅が枝」=どこまでも伸びて増える梅枝のように、酒代が際限なく増えること,「源太もどき」=無鉄砲で暮らしに困る侍のように)
“酔っぱらいの戯言”に見えつつ、実は堀の水深を測るための偽装行動。
小石を拾い、犬に当てる振りをして堀に投げ込みます。
やがて幕府の重職・松平伊豆守が通りかかり、「酔いの忠弥」vs「疑う知恵伊豆守」のさりげない会話が始まります。
互いの腹を探り合う心理戦の緊迫感は、この芝居の大きな見どころです。
②「世話場」―― 庶民の日常と陰謀が交錯する場面
忠弥の元へ、舅・藤四郎が借金二百両の催促もあり様子を見に訪れ、妻が対応します。
その後、忠弥の仲間が訪ねて来て、藤四郎は座をはずしますが、そこで始まった幕府転覆の密談を立ち聞きしてしまいます。その計画を、藤四郎が幕府に通報し、間もなく捕り手が忠弥の家の正面を固めます。
戸を叩く音に、忠弥が戸を開け、捕り手がなだれ込んで、次の裏井戸の場面に転換します。
③「裏手井戸立廻りの場」―― 迫力あるアクションの展開
井戸端での激しい立廻りの場面では、アクロバティックな捕り手の動きの中で、縄や戸板を使った息もつかせぬアクションが展開します。
スピード感あふれる“動”のシーンが一気に展開し、観客を引き込みます。
2. 『芝浜革財布』
笑って泣ける、江戸の夫婦の再生物語
―獅童 × 寺島しのぶ、幼なじみコンビで贈る話題作
歌舞伎座二度目の登場の
"寺島しのぶ"の魅力とは?
今年6月『芝浜革財布』の“尾上松緑 × 中村萬壽”に続き、今回も注目の顔合わせ。
中村獅童と寺島しのぶ――同い年の幼なじみによる『芝浜』に期待が高まります。
寺島しのぶは、歌舞伎の名門・七代目尾上菊五郎の娘として育ち、幼少期から舞台への憧れを抱いてきました。女の子は歌舞伎に立てないという現実を知り、愕然としたといいます。その後、文学座に入り女優の道へ。国内外で数多くの主演女優賞を獲得しました。
山田洋二監督『キネマの神様』(2020年)での好演、山田洋二脚本・新演出のもとでの2023年10月の歌舞伎座『文七元結物語』の成功、そして今年の映画『国宝』での存在感など、今、最も充実した演技を見せる女優です。
あらすじ
①物語の始まり
主人公は江戸の魚屋・勝五郎(政五郎)。腕はいいが酒癖が悪く、仕事をサボりがちで女房に叱られてばかり。
年の暮れ、女房に叩き起こされ市場へ向かうものの、早く着き過ぎて暇をつぶしていると、波打ち際に革の財布――中には小判50両!
②夢か現か?
大喜びで帰宅した勝五郎は、仲間を集め、酒盛りをはじめて大騒ぎ。
しかし酔いつぶれて翌朝目覚めると、女房は言う。
「財布? そんなものなかったよ。夢を見たんじゃないの?」
勝五郎は落胆し、「夢だったのか…」と肩を落とします。
③更生への道
これを機に勝五郎は酒を断ち、真面目に働くように。
もともと腕が立つため商売は順調に伸び、ついには表通りに店を構えるまでに成長します。
④大晦日の真実
数年後の大晦日。女房はついにあの“夢”の真相を明かします。
財布は本物で、勝五郎を立ち直らせるために、大家と相談し「夢だった」と嘘をついたのだと。
女房の深い思いやりに気づいた勝五郎は、女房に酒をすすめられ ・・・・・・・・・・
嘘が人を救い、人生を照らす灯になる――。
江戸の夫婦の情が胸に染みる名作です。
まとめ
『丸橋忠弥』の緊張と美、『芝浜革財布』の温かい涙。
まったく性格の異なる二つの演目ですが、どちらも“江戸の人間味”が鮮やかに浮かび上がる作品を、歌舞伎座の生のステージでご覧になってみてはいかがでしょうか。
オフィシャル