「アートでつなぐ旧晴海鉄道橋展」訪問レポート
あけおめことよろっ!
特派員ブログのファン皆様、ハロラジの年末特番は聞いてくれたかな?
12月いろいろ忙しくて久々の投稿です。
※はじめに言っておきますが、TOP画像は私ではございません。
旧晴海鉄道橋が2025年9月19日に遊歩道として開通し、開通まで計4回にわけブログをシリーズ化しました。
そして開通当日、わたくし晴海側からの一般通行者第一号になりました。
<過去シリーズ>
旧「晴海鉄道橋」の遊歩道 まもなく開通!
続・旧「晴海鉄道橋」の遊歩道 まもなく開通!
続・旧「晴海鉄道橋」の遊歩道 まもなく開通Part2
旧「晴海鉄道橋」の遊歩道 祝開通!!
先日、晴海鉄道橋が架かっている江東区側の豊洲で、表題のイベントが開催されていたので、その様子を2回にわけてレポートします。
開催場所は江東区なので、中央区観光協会特派員ブログに載せるか、すんごく迷いましたが、テーマが晴海鉄道橋なのでよしとしましょう。
(うそです。全く迷ってません。観に行って、即、主催者ご本人に"わたくし中央区観光協会特派員なんすけど、記事にしていいっすか!当日晴海鉄道橋一番乗りで渡ったんすよ"とアプローチしましたw)
開催場所は豊洲駅前にある、江東区の施設である豊洲シビックセンター1階のギャラリー。
主催は「豊洲機関区」こと「藤間さちお」さん
開催:2025年12月5日~14日 9時~20時
※これ系の記事って、行ってもらうために、事前もしくは遅くても開催中に投稿しますが、こちらすっかり終わってます。ごめんなさいねー。
■豊洲機関区さんとは?
TOP画像の方です。
展示物からコピぺします
『イラストレーター、デザイナー、アートディレクターとしての経験を活かし、豊洲を拠点に鉄道とアートを融合させた「描き鉄」活動を展開。精緻で温かみのある鉄道風景画が人気を集める。著書「イラストで巡る東京都港湾局専用線の今昔」のほか、展示会でも作品を発表。
春海橋公園遊歩道(旧晴海鉄道橋)の解説板ザインを手がけた芝浦工業大学附属中高鉄道研究部名誉顧問』
とのこと。
写真お願いしたらいい笑顔で写って頂けました。
改めて「旧晴海鉄道橋」とは
旧晴海鉄道橋のことを、今年のものしり百科からコピペします
っていっても、本をスマホで写真撮れば、文字認識してテキスト化してしまう今日この頃。。便利になったものだ。
『晴海運河に架かる春海橋に並行する「旧晴海鉄道橋」は、貨物輸送を目的とした臨港鉄道東京都専用線の晴海線開設に伴い、昭和32年(1957)に架設された。鉄道橋として日本初のローゼ橋及び連続PC桁である歴史的鉄道遺構。臨港鉄道を利用した輸送量の減少により平成元年(1989)に廃橋となったが、既存レールを活用したウッドデッキを設置し、遊歩道化工事が進められている。令和7年(2025年)度完成予定。』
はい。完成してます。完成の様子、わたくしが執筆した『旧「晴海鉄道橋」の遊歩道 祝開通!!』こちらを!(しつこい)
ものしり百科は、10月に発行しているのだから、脱稿は開通前かもしれんが、ここまできて完成しないわけないので、完成と言い切っておけばいいのに。ブツブツ
「ローゼ橋及び連続PC桁」と、ものしり百科に記載があるものの、特に調べもせず意味はわからずスルーしてましたが、今回の展示で理解することができました。
展示内容をご覧ください
ここから展示内容をそのまま読者の皆様に感じてもらえれるよう文章を潔くそのまま『』内に載せます。
(決して手抜きではありませんw)
『プロローグ
東京の湾岸エリア。
水辺のフロンティア開発が著しく進む豊洲·晴海では、近年、タワーマンションの建設が相次ぎ、東京湾の水面と高層ビル群が共存する、独特な景観が生まれました。
その景観の中、晴海運河に架かる一本の歩行者専用橋があります。けれども、よく目を凝らせば、その頑丈そうな佇まいや橋面に残されたレール、そして「旧晴海鉄道橋」という名称が、この橋がかつて鉄道専用の橋であったことを物語っています。
船が下を通行できるよう、充分な高さと幅を備え、重量のある貨物列車を約200メートルの対岸まで安全に通すための設計。
これこそが、この橋に与えられていた本来の役割でした。
本展は、廃線から36年の時を経て遊歩道として再生された「旧晴海鉄道橋」に着目し、アートでその魅力を伝えるという企画展です。
橋は町と町をつなぎ、人と人をつなぎます。
そんな「つなぐ」というテーマのもと、アートで「旧晴海鉄道橋」の過去、現在、そして未来への歩みをご紹介いたします。』
ローゼ桁橋とは
『旧晴海鉄道橋のモニュメンタルな中央径間を構成するのは、支間長58.8メートルの鋼ローゼ桁橋です。
ローゼ橋は、ドイツの技術者であるヘルマン·ローゼの名に因んだもので、総武本線隅田川橋梁などで用いられたランガーと同様の下路アーチ橋の一種です。ランガー橋に比べてアーチリブが太くアーチと桁の両方で荷重を支えるという特徴があり、大径間の橋梁に適しています。ローゼ橋は、戦後に鉄筋コンクリート構造の小規模な道路橋でいくつか実現していましたが、鉄道橋では晴海鉄道橋が最初の適用例となりました。』
※ざっくり言うと筐体がアーチで、その下に線路が通っているってことです
PC桁橋とは
『測径間で採用されたPC桁とは「プレストレスト·コンクリート」の略、鋼棒やケーブルでコンクリートに緊張力を加えることで高い強度を実現する構造技術で、鉄筋コンクリートよりも軽量で薄く設計できる特徴があります。
ヨーロッパで発達し、日本でも戦前から研究が進められましたが、当初は実用化に至りませんでした。戦後になりフランスの特許技術に基づき施工が進み、1954年には信楽線の第一大戸川橋梁で実用化されました。旧晴海鉄道橋では、三径間を一本の桁で連続させた全長63.9メートルのPC上路橋が採用され、これは連続桁にPC構造を導入した初の事例でした。連続桁は、工期の短縮や支承の集約、橋脚の簡素化といった利点があります。』
※ざっくりいうと通常の鉄筋コンクリートに比べて強い荷重に耐えられる橋ってことのようです
終焉の時
『東京都専用線(晴海線)は、平成元年(1989年)2月10日をもって正式に廃止されました。運行最終日の前日、2月9日16時05分には、機関車(D60-8)が貨車(ワキ5000形)を牽引し、晴海ヤードを出発。荷役線(晴海倉庫街)を経由して旧越中島駅まで、最後の往復運転が行われました。
沿線には別れを惜しむ鉄道ファンが集まり、シャッター音を響かせています。列車は、錆が目立ち始めた旧晴海鉄道橋を渡り、まだ再開発前の静けさが残る豊洲の街を抜けて、旧越中島駅へと向かいました。
当時、旧越中島駅の構内ではすでにレール撤去や敷地縮小といった廃止に向けた工事が始まっていました。そのすぐ隣では、平成2年(1990年)開業予定のJR京葉線·東京駅~新木場駅間の延伸工事が急ピッチで進行中。消えゆく鉄路と、新たに誕生しようとする路線が、同じ景色の中に同居していました。
その後、列車は晴海へ折り返し、すべての運行を終了。到着後には関係者や報道陣、鉄道ファンが集まり、ささやかながらお別れのセレモニーが行われ、長年の運行をねぎらう言葉が交わされました。』
とのこと
平成元年かー。わたくし平成元年4月に中学3年になりました。(どーでもいい)
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