中央区ものしりクイズ 31
解答と解説
1 銀座です
江戸幕府は慶長17年(1612年)、駿府(現在の静岡市)にあった銀貨鋳造所を現在の銀座2丁目付近に移転させました。これが、この場所が「銀座」と呼ばれるようになった始まりです。
現在、鋳造所そのものは残っていませんが、ゆかりの地に碑が建てられており、その歴史を辿ることができます。
銀座2丁目のティファニー銀座ビル前にあります。ここがまさに、江戸時代に銀貨が作られていた「銀座役所」の跡地です。「銀座」という華やかな街の名のルーツを記した重要な記念碑です。
2 日本国道路元標です
日本橋に2種類の「元標」関連のものがあります。
• 本物(現役の元標)は、日本橋の車道中央(橋の真ん中)に埋め込まれています。50cm四方のブロンズ製で、当時の佐藤栄作首相の揮毫(きごう)による文字が刻まれています。
• 複製(レプリカ)は、橋の北西側にある「元標の広場」に設置されています。こちらは間近で見ることができ、観光スポットになっています。
・江戸時代の慶長9年(1604年)、徳川幕府が五街道(東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)の起点を日本橋に定めた歴史に由来します。明治時代以降もその伝統が引き継がれ、現在も国道1号や4号など、主要な国道の起点となっています。
3 欄干擬宝珠です
日本橋、京橋の2つの橋の擬宝珠は、単なる飾りではなく、江戸・明治の歴史を今に伝える貴重な遺構です。
日本橋の擬宝珠
現在の日本橋は1911年(明治44年)に完成した石造りのアーチ橋ですが、江戸時代の木造橋のスタイルを一部継承しています。
• ルネサンス様式の石造橋でありながら、柱の先端には伝統的な「擬宝珠」が鎮座しています。
・擬宝珠の近くには、東京の繁栄を象徴する「翼のある麒麟」の像もあり、和洋折衷の美しい景観を作っています。
京橋の擬宝珠
「京橋」は、現在は川が埋め立てられたため、橋そのものは残っていません。しかし、「擬宝珠」だけは当時のまま保存されています。
• 江戸時代、擬宝珠を付けることが許されていたのは、幕府が管理する日本橋、京橋、新橋などの重要な橋だけでした。
4 エスカレーター
1914年9月「三越呉服店(現在の日本橋三越本店)」の新館に、日本で初めて建物内に常設されました。
• 1階から2階への連絡用。
• 着物姿のお客さんが裾を巻き込まれないよう、横に「エスカレーターガール」が立って案内するなど、モダンな東京の象徴として大きな話題となりました。
5 からくり人形
人形町には、人形町の歴史と文化を象徴する2基の「からくり櫓(やぐら)」があります。これらは人形町通りの歩道を挟んで向かい合うように設置されており、毎日決まった時間に情緒あふれる「からくり人形」 の演出を楽しむことができます。人形町商店街のシンボルとして、以下の2種類があります。
• 「江戸落語」の櫓(水天宮側)
高さ約6.5メートル。演出が始まると、落語家の人形が登場し、身振り手振りを交えて小噺を披露してくれます。
• 「町火消」の櫓(人形町交差点側)
高さ約7.5メートル。江戸の火消したちが梯子乗りを披露する勇壮な演出が特徴です。
両方の時計とも、毎日以下のスケジュールで動きます。
• 午前11時から午後8時まで、毎正時(00分)に作動
• 演出時間は約2〜3分間です。
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