蘇った入船の御神輿 修復披露渡御
宮本卯之助商店の手によって、49年振りに丁寧に修理された御神輿が入船一丁目町会に戻ってきたのが3月でした。その後4月28日まで入船一丁目にあるPremium Apart MONday 銀座EASTの一階ロビーに展示してもらいました。
外国からのお客さんも大勢いるホテルです。急造で半紙に筆で書いてもらった作人札も、写真入りで御神輿の特徴を記した説明書きの英語版も興味を引いてもらえたようです。ジャパニーズ・フェスティバルに参加するにはどうすればいいのかと問い合わせもあったそうです。一旦帰国してゴールデンウィークににまた来ればいいんだねと言っていたそうです。
声をかければロビーにも入れましたが、ガラス張りなので近隣の方やタクシーの運転手さん、自転車を止めて見入ってる方も随分見かけました。すっとこどっこいが前を通った時、興味深そうに見ていた小学生の親子が熱心に見ていました。
今はゴールデンウィークに行われ、東京で一番早い夏祭りと言われる鉄砲洲稲荷神社の例大祭が近づいた4月29日にMONdayホテルから鉄砲洲稲荷神社へ移動しました。
鉄砲洲稲荷神社の境内にて、宮司によるお祓いと御霊入れの儀が行われました。
御霊入れの儀はいつも例大祭が始まってから行われます。入船一丁目町会の祭典委員会は5月4日に修復披露渡御を予定しています。その日の午後13時過ぎは入船一丁目町会が御本社神輿渡御の担当になります。午前中は多忙になるため、この日の御霊入れの儀を依頼しました。
失礼ながら例年のお祓いや御霊入れよりも丁寧に感じたのは私だけでしょうか。宮司は入魂の儀と言っていました。
この時点から、御霊の入った御神輿は英語で言うところの ”PORTABLE SHRINE” 直訳すれば ”持ち運び可能な神社” になりました。
この後、境内にて修復記念の集合写真を撮りました。前回の修復は昭和52年でした。今回と同じように社殿の前で御神輿と共に撮った写真が入船一丁目町会の詰所に飾ってあります。その時も今回も、たまたま不在だった人がいっぱいいるのですが、今は他所に移っている前町会長が今日は神社に寄ってくれていて、両方の写真に写っている唯一の方になりました。次の修理披露の時(50年後?)にも写ってくださいと話しました。
御霊の入った御神輿を入船一丁目防災センター、所謂詰所に運び展示しました。本祭りの年はここに御仮屋をつくりますが、今年度は陰祭りで、御神輿を設置するためだけにスペースを開けました。
簡単な飾付けでしたが、借り物のLEDライトで照らしたため、本当はかなり色褪せた金屏風も光って見え、御神輿が輝いて見えました。
4月30日から修復披露渡御を行う5月4日まで、朝から夕方までの間、ここで展示しました。
桜川公園が工事中で通行不可のため、朝夕、八丁堀駅への通勤客が詰所の前を多く通り、足を止めたり、撮影をする方が大勢いました。すっとこどっこいだけでも4日間で60組以上の方に御神輿の説明や修理内容を話しました。ホテルの前で見かけた熱心な親子がホテルにもう無かったので探したと見に来てくれました。
入舟町町会が出来て100年のお祝いをしたのが一昨年です。入舟町1~3町会で造った御神輿は昭和初期の製作と思われ、戦争時に空襲を免れ引き継がれることとなった文化財の価値を伝えられたでしょうか。
御神輿に詳しい青年部員が御神輿本体に取り付ける作人札を手配していました。
御神輿を修理していただいた宮本卯之助商店は、当然、元々の作人である後藤直光の名の札は作りません。青年部員は看板製作をしている後輩に頼んだそうです。文字は、仮の作人札で半紙に筆書きした時のものを縮小して使ったそうです。とても丁寧な仕事で、修復された御神輿に見劣りしない見事なものです。
本当はたこ糸で括り付けるそうですが、傷つけるのを恐れゴムで巻き付けました。担がれて揺らされても外れることなく付いていてくれそうです。
5月4日午前、第一区六番組の方達によって棒締めをお願いしました。
前回のブログにて、御神輿の堂羽目にあるのは大変珍しいと言われた”狐の嫁入り”の彫刻で、当時の祭礼時期が梅雨であるために雨乞いの意味と思われると書きました。神様に雨乞いをお願いするので雨が降って当然です。前日から4日の朝にかけて、風も強くかなりの雨の予報でした。
前回のブログです。
https://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/detail.php?id=6848
今回の修理に際しては予算も厳しく、当初削れる部分は諦める気で、飾り紐と鈴は依頼しない予定でした。修理してくれた宮本卯之助商店からは、折角の修理で痩せた飾り紐では見栄えの点で劣ると提案があり見直した経緯があります。結果綺麗な飾り紐と鈴になった訳ですが、古い紐を処分するのは宮本さんに止められ、飾り紐は雨天で使用した場合、使用後に乾かすのに3カ月ほどかかるので、雨なら古い紐でと教えられていました。雨を降らせた神様は粋な計らいもしてくれ、朝6時頃には雨が上がり、新しい飾り紐と鈴の出番になりました。
ここのところ毎回お囃子をしてくれる真輪會の皆さん。わざわざ運送便で屋台を送り、前乗りして組み立てて演じてくれました。もともと御神輿を担いでくれていた神輿会の方達です。宮入りした時に楽し気に担いでいただきました。
やはりお祭り気分を上げてくれるお囃子が無いと調子が出ません。御本社神輿が展示で銀座へ移動した時もお囃子が聞こえてきて、通ったことに気付きました。
わくわくする演奏をありがとうございます。
修復披露渡御は御目出度い行事です。発御に先立ち第一区六番組の方達の木遣りをお願いしました。
銀座一東は木遣りの先導で御神輿を出しているようです。入船一丁目町会の御神輿関連で木遣りは初めてではないでしょうか。
昭和52年の修復時には車に載せてお披露目したのを目撃した記憶があると言う人がいました。その時すっとこどっこいは御神輿を担いでいますが車の記憶はありません。その時も神社で御霊入れの儀を今回と同じ4月29日にしています。集合写真も撮っていますが、写っているメンバーで詰所から神社まで担いでいったとは思えず、町会員のトラックに載せて運び、御霊入れ後にトラックでお披露目して町内を回ったのではと想像します。
厳かな雰囲気で発御です。
入船一丁目町会への御神輿修復披露渡御です。当然、町内を回ります。
ただ鉄砲洲稲荷神社では午前11時に例祭奉幣が行われるため10時50分にはお祓いを受け神社を出なければなりません。少しでも早く宮入りをしたいため、まずは真直ぐに神社へ向かいました。担ぎ手は総勢250名です。取り立てて急ぎ足でも無く進みます。鉄砲洲稲荷神社に近づくと熱気は高まります。
予定していた時間より10分ほど早く宮入りしました。
本祭りの時は各町会による連合渡御です。神社内での時間は各町会ごとに管理され、タイムキーパーがいます。連合渡御で歌舞伎座へ連なっていくことは現在はしていません。神社への宮入りが一つのメインです。出来るだけ長く神社内で担ぎたいのが人情です。
今回は入船一丁目町会が単独での宮入りです。最高潮の熱気あふれる渡御でした。
前回の渡御から入船一丁目にある特別養護老人ホーム”わとなーる桜川”に寄っています。
前回も沢山の人が下に降りてこられ、手拍子で声援を送ってくれました。またベランダからも大勢の人が手を振ってくれました。今回も写真に写っていませんが、もう少し右のベランダやもっと上階からも手を振ってくれています。
御神輿を楽しみにしてくれる方達がいて、喜んでもらえることを実感することが出来ました。
今回、御神輿修復が出来たのは、一人の青年部員の情熱によるものです。それと全面的に協力して様々な機関と交渉し粘り強く準備してくれた町会長のおかげです。この2人の家の前で御神輿を差すことが出来ました。
それと入船一丁目町会の祭礼に対しての考え方です。ある部員がよく言う言葉です。
”この御神輿を担いだ人が楽しかった。また担ぎたいと思ってもらうお祭りにしたい” まったく同感です。
上の写真は部員の孫が御神輿に乗っています。本来神様の上に乗せるのはいけないと言う人もいます。この後に乗った男の子は臆することなく手を上に突きあげていました。きっとこの子は御神輿が好きになることでしょう。
下の写真は以前の本祭りの時です。通りすがりのスコットランドから来た旅行者3人に御神輿を担がせました。肩も痛かったでしょう。抜けようとする3人にすっとこどっこいが唯一話せる英語で”ノー”と言い続けて結局宵宮まで担ぎました。途中から法被を着せましたが足は靴のままです。それはダメだと言った人もいます。でもスコットランド人で日本の御神輿を担いだ人は他にいないと思います。一生の記念に、最後は一緒にビールで乾杯しました。
最後のクライマックスは詰所前です。終わりたくないので何度も何度も戻され戻されて。いつもの最後の光景です。
楽しければいいじゃん!
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