下町連合渡御(令和8年 山王祭)
こんにちは。今日は山王祭の中でも、中央区の氏子(日枝神社を支える地域住民)たちが集う「下町連合渡御」を見学してきた。茅場町にある日本橋日枝神社に8時40分に到着。狭い境内には、すでに多くの担ぎ手たちが集まり、7基の神輿が「宮出し」の時を待つ。「八丁堀」「茅場町」「日本橋」「江戸橋」の文字が躍る提灯、半纏がそれぞれの神輿の周りに集結している。ちなみに「八丁堀」は旧京橋区。他は旧日本橋区。厳かに神事が行われていざ出発。鳶(とび)頭の木遣りを合図に威勢のいい掛け声があがり、神輿が街に繰り出していく。すぐに永代通りを渡ることになるが、警官の信号操作と交通整理で特別扱い。車列の前を神輿がゆうゆうと渡っていく。まさに神さまの「お渡り」だ。その後、茅場町と八丁堀の境となる道(旧日本橋区と旧京橋区の境)で待機していた3基の八丁堀町会の神輿が合流。歴史的には八丁堀町会の参加は、この下町連合渡御が始まってから6年後のこと。そして現在、1基は茅場町のスタート地点から参加、残りの3基は八丁堀の境で待って、そこから列の先頭に入る。祭りの一体感をうみ出すための旧日本橋区と旧京橋区の町会間で行き交う阿吽(あうん)の呼吸、気遣い。
そこからすずらん通りの終点まではすぐ。その間、先導の巫女(写真)が軽やかに清めの紙吹雪を散らす。一幅の絵のような美しさ。
季節の変わりめ
そこから筆者は、京橋からの神輿再出発までのあいまを縫ってランチに向かう。同じ赤坂日枝神社の氏子で
ありながら おそらく様々な事情があってこの下町連合渡御には参加していない銀座エリアにあえて向かう。
すずらん通りを右折し、鍜治橋通りを西に歩くにつれ祭囃子や掛け声がしだいに遠ざかっていく。
そしていつもとかわらない「日常の」銀座に入る。なじみの天ぷら店である「銀座ハゲ天」で息子と合流。
この店の銀座本店は、移転工事もあり数か月休業せざるをえなかったので久しぶり。季節感がうすれてきた
日本とは言え、本格的に暑くなる前のちょっと息をつける季節の変わり目。どんなネタを揚げてくれるか。
万願寺唐辛子。名前とは違って少しも辛くなくうま味が広がる一品。ヤングコーン。周りを覆う真っ青な
皮をむけばふんだんな白いひげが溢れ出る。料理人がそのひげをいい具合に残しながら、揚げ鍋に。
出来上がった作品は、ひげの触感と微妙な苦みが、本体の甘味を引き立てる一品。稚鮎。ほんのりとした苦みが過ぎ去った春を懐かしく想いおこさせる。ハモの梅肉添え。淡いうま味に軽い酸味があわさり、来る夏を乗りきる気持ちを引き立ててくれる。いまが旬のアスパラはひたすら甘い。これらを甲州産の日本のワインで合わせる。ワインも味がしっかりしていて、かつくどくなく、赤も白も料理を引き立てること、抜群だった。隠れ家的な雰囲気(写真)だけに、ついつい長居をしてしまった。
祭りを支える商人たち
店を出て、すこし急いで日本橋に向かう。まだ感じられる春の柔らかさと、梅雨の蒸れが交じり合う空気の中をほろ酔い気分で神輿を追いかける。すでに京橋エリアは神輿が過ぎ去った後の「もぬけの殻」状態。
神輿通過時のみの歩行者天国だったようで、がらすきの車道を歩いていたら警官に歩道に上がるよう注意されてしまった。日本橋に近づくにつれ、朝方から耳になじんでいたあの掛け声、木遣り、小太鼓、鈴の音などが聞こえてきた。それとともに 参集する人々の群れが目の前に忽然と現れる。群れをかいくぐるようにして日本橋に辿りつく。全ての神輿がここで回転。向こうの室町は神田明神の氏子地域。
それだから橋の向こうはこの祭りとは無縁の日常の空気。たった橋1つでこの違い。それは京橋(町名ではなく旧橋名)を境にした今日の銀座と京橋(町名)の雰囲気の違いと同じ。この空気の分断が、「祭り」が内包する強烈なパワーを否が応でも感じさせる。
最後にいくつかの神輿が高島屋にご挨拶。(写真は神輿を迎える高島屋の店内正面の飾り)
店内に入った神輿の前で店長が、「お買い物は~」 集まった担ぎ手、群衆からの返しは「たかしまやー」 店長「お中元は~」 そして返しは「たかしまやー」 商人の街、下町の活気を象徴する場面だった。
一部の町会ではあるものの、旧日本橋区と旧京橋区が、日枝神社の同じ氏子として、一体となって盛り上げた素晴らしいお祭りだった。中央区内には、鉄砲洲稲荷神社、波除神社、椙森神社など、神田明神と重なるエリアも含めて10以上の氏神神社とその氏子たちの地域に分かれていることも知った。今後、それぞれの氏子祭りを見学し、伝統、雰囲気の違いを発見していきたい。
*ハゲ天さんの店内撮影や、記事内容につきましては、店主の了解を得ています。
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