滅紫 プロフィール
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「納涼歌舞伎」の代表はやはりこれ-「牡丹燈籠」ー八月納涼歌舞伎
「八月納涼歌舞伎」が始まりました。いまや夏の風物詩となっている「八月の納涼歌舞伎」は平成2年(1990)から始まり、平成5年から3部制となりました。当時勘九郎の18代中村勘三郎と10代坂東三津五郎の八十助の二人が中心となり若手の登竜門に。この納涼歌舞伎の開始により歌舞伎座は年間通して歌舞伎興行が行われる劇場となりました。今年も巳之助や勘九郎、七之助、勘太郎などその子や孫が活躍し泉下のお二人もさぞかし喜んでいることでしょう。お盆なのでのぞきにくるかも。 今日はまず1部の「牡丹燈籠」から。暗闇の中から牡丹燈籠が現れるとカラーン・コロンという駒下駄の音。言わずと知れた圓朝作の怪談物が原作。圓朝の口演は日本初の速記本として刊行されるほどの人気だったそうです。粗筋はどなたもご存知の通り、萩原新三郞に焦がれ死にする旗本の娘・お露、伴蔵とお峰、源次郎とお国の3組の男女が絡んで展開する滑稽と悲哀の交互する目の離せない面白さです。劇中に圓朝が登場し「牡丹燈籠」を口演する趣向も面白い。 お露に辰之助、新三郎に染五郎、伴蔵に巳之助、お峰に右近、源次郎に橋之助、お国に新悟、圓朝は幸四郎です。 幕切れの幸手堤の場では激しく本水も降り最前列の観客には「かぶりもの」のビニールが配られました。涼しくなること請け合いです。
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「南北”沼”にハマる「盟三五大切」ー六月大歌舞伎
六月大歌舞伎が始まっています。「子連れ狼」や小川姓を名乗る播磨屋・萬屋一門勢揃いの「華舞於河賑」など話題豊富ですが、今回は夜の部の「盟三五大切」をご紹介します。 「盟三五大切」は忠臣蔵外伝のひとつでよく知られている「東海道四谷怪談」の続編として四世鶴屋南北が書き下ろし、文政8年(1825)に初演され大評判を取りましたが、その後上演が途絶え昭和51年(1976)に復活上演されました。復活上演以来今年で50年となります。 塩冶浪人の不破数右衛門は御用金紛失のため主家を追われ薩摩源五兵衛と名乗って長屋暮らし。深川芸者の小万となじみますが、小万は亭主である船頭の笹野屋三五郎が父親の旧主のための百両の金を調達するため、源五兵衛に叔父の富森助右衛門が討入りのために調達してくれた百両をだまし取ってしまいます。 夫婦に騙されたと知った源五兵衛が五人切り、小万のなぶり殺しと凄惨な殺人を犯していきますが、最後に衝撃の事実が。実は父親の旧主は? 薩摩源五兵衛と三五郎を勘九郎と尾上松也がダブルキャストで演じます。小万は七之助です。殺しの場面は凄惨ですがひとつひとつ形が決まり美しく「これぞ南北」といったところで「南北」の世界に心地よくハマってしまいました。なぶり殺しのあと、小万の首を懐に入れて長屋を出た処、激しい驟雨、雨で返り血が流される場面は本水で最前列の下手側の観客にはビニール袋が配られていました。「松也」版では雨ではなく「雪」になるそうです。見比べるのも楽しいですね。夫婦の転宅先が四谷怪談のお岩が住んでいたところという設定になっており、お岩の幽霊が出るというのも四谷怪談続編らしい楽しい趣向です。 復活上演された50年前は孝玉コンビのブームで併せて南北作品の上演も増えた時代です。国立劇場の昭和51年の復活時は源五兵衛が初代辰之助、三五郎が孝夫(現仁左衛門)、小万が玉三郎でした。その後も仁左衛門の当たり役です。 50年経ってまた「南北」沼にどっぷりハマる幸せな時間でした。
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24年振りの新「辰之助」誕生ー團菊祭五月大歌舞伎
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8年ぶりの通し上演「裏表先代萩」ー菊五郎三役演じ分けー四月歌舞伎座
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「骨寄せの岩藤」-13年ぶりの通し上演ー三月大歌舞伎
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「三大名作通し上演」シリーズ第2弾「菅原伝授手習鑑」始まるー秀山祭九月大歌舞伎
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20年ぶりの「野田版研辰の討たれ」ー八月納涼歌舞伎
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