あすなろ

今昔 葦の茂る元吉原

日本橋人形町は、江戸初期の元和3年(1617)から明暦3年(1657)の40年間、遊郭「吉原」が設置されていました。

 今昔 葦の茂る元吉原

中央を南北に大門通りがあり、当時は、葦が茂る湿地帯で「葭原」と呼ばれていましたが、縁起のいい「吉」を使い、「吉原」に改められました。

出入りは大門のみで、東側の浜町川から堀割を引いて四方を囲んだといわれます。

南側の路地に末廣神社があり、元葭原の総鎮守として信仰されてきました。

 今昔 葦の茂る元吉原
 今昔 葦の茂る元吉原

文献や古地図から推測しながらの街歩きはいかがでしょう。

中央区立図書館/地区図

◆元吉原
現在の日本橋人形町二・三丁目、日本橋富沢町の一部を加えた地域と推察される。
参考文献:『歩いてわかる中央区ものしり百科

◆古地図で歩く!
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