【ニューヨク・タイムズ】 創業は文久三年! 江戸っ子銭湯 「金春湯(こんぱるゆ)」【銀座八丁目】
入浴施設は紀元前から人々に親しまれてきた癒しと健康のレジャースポット。大都会で毎日を忙しく過ごしているみなさんにも、たまには大きな浴槽で体をのばしてゆっくりとお風呂に入ってほしい――。そんな思いで中央区の入浴に関する情報をお届けするニューヨク・タイムズは不定期発行のおふろ新聞です。
江戸時代の銭湯
銭瓶橋は江戸城への輸送路として開削された道三堀という堀に架けられていた橋です。この旧説明板は日本橋の江戸桜通りを西へ向かい、常盤橋の南側を渡って少し進んだところにありました。うしろに見える常盤橋公園の渋沢栄一像で、ここがどこかおわかりになる方もいらっしゃるかもしれません。
江戸初期の風俗習慣を記した三浦浄心の『そゞろ物語』に、徳川家康が江戸に入府した翌年の天正19年(1591)に「伊勢與一(伊勢与一)といひし者、錢瓶橋(銭瓶橋)のほとりに、せんたう風呂(せんとう風呂)を一つ立る」という一節があります。
江戸の町には伊勢国出身の商人が多かったことが知られていますが、江戸で最初に風呂屋を開業したのも伊勢の人でした。「息がつまりて物もいはれず、烟(けむり)にて目もあかれぬ」と書かれていることから、せんとう風呂は蒸し風呂だったと考えられています。
この界隈はまぎれもなく日本橋エリアではありますが、ここは千代田区大手町。江戸の銭湯発祥の地である銭瓶橋跡がまち歩きスポットとして『歩いてわかる 中央区ものしり百科』に掲載されることはありません。
ここ数年で千代田区の説明板は新しく生まれ変わり、旧説明板にあった風呂屋に関する記述は割愛されましたが、英文表記が加えられ、歌川広重が銭瓶橋を描いた浮世絵「名所江戸百景 八ツ見のはし」と江戸城を取り巻く地形がわかる図が載ったグローバルな文化財標識になりました。
歌川広重「名所江戸百景 八ツ見のはし」
国立国会図書館デジタルコレクションより
さて、現在の東京には江戸時代から営業している銭湯が2軒あります。江戸川区船堀のあけぼの湯、そしてわれらが中央区銀座の金春湯(こんぱるゆ)。
このほかに台東区浅草の蛇骨湯(じゃこつゆ)がありましたが、2019年5月、蛇骨湯は惜しまれながらその長い歴史に幕を閉じました。江戸時代から続いた店をひと月だけでも新元号である令和まで営業したことに店主の粋な心意気を感じます。
現代の銭湯
今回は江戸時代から営業している東京銭湯のひとつ、金春湯をご紹介します。
銀座八丁目、金春通り。金春湯は金春ビルの中にあります。屋号は江戸時代にこの一帯に能役者の金春家の屋敷があったことに由来します。
今でこそビル銭湯やマンション銭湯は珍しいものではありませんが、昭和32年(1957)に建て替えられた当時は目新しく、あたりで最も背の高いビルだったそうです。
金春湯が創業したのは文久3年(1863)。実に160年近くもの間、銀座で銭湯の営業を続けています。
1863年というとアメリカでリンカーン大統領がかの有名な演説をした年なので、誠に勝手ながら、金春湯のことは「江戸っ子の江戸っ子による江戸っ子のための銭湯」と呼びたいと思います。
洗い場を彩る絵付けタイルは九谷焼。石川県金沢市の鈴栄堂の章仙絵師によるもので、昭和期に建てられた東京銭湯で今も目にすることがあり、出会うとうれしいとても美しいタイルです。
銭湯の富士山
浴室の壁には東京銭湯の定番である富士山のペンキ絵。男湯は力強い赤富士、女湯は優美な雪化粧をした富士と異なる姿が描かれています。ローラー塗りの使い手、銭湯絵師・中島盛夫氏の作品で、金春湯のホームページでは制作の様子を動画でご覧いただけます。
これらのペンキ絵は2021年に行われたイベント「TOKYO SENTO Festival 2020」終了後に、それぞれのモチーフはそのままに新たに描き換えられました。2022年6月現在、女湯は満開の桜をしたがえた雪解けを待つ春の富士になっています。
富士山のペンキ絵(女湯)※描き換え前
この銭湯の壁に絵を描くという慣習は大正時代に東京で始まったものでした。最初に始めたのは、これまたお隣の千代田区にあったキカイ湯という銭湯で、千代田区猿楽町にまちの記憶保存プレートと説明板が設置されています。
まちの記憶保存プレートガイド:銭湯に初のペンキ絵(千代田区)
大きな壁一面に描かれたペンキ絵はまたたく間に評判となり、東京じゅうの銭湯がこれにならうようになりました。このときに描かれたのが富士山だったと言われています。「銭湯の富士山」は東京近郊特有のもので、他府県ではさほど見られないものだということを知ったのは、私が成人してからのことです。
江戸最初の銭湯があった銭瓶橋は、江戸随一の眺望と謳われた駿河町から富士山を望む方角にあり、「名所江戸百景 八ツ見のはし」にも描かれているように、当時はそこから本物の富士山がよく見えたはずです。
雪化粧をした富士山(本物)
伊勢与一がせんとう風呂を建てたとき、400年後の東京で人々が湯につかりながら、壁に描かれた富士山を眺める姿を想像したことでしょうか。そんなことを考えると江戸から東京へとつながる、ある種の浪漫を感じます。なるほど、これがバスロマンですね。※違います。
金春湯で愉しむ最先端ファシリティ
そのほかにぜひお伝えしたいことがあります。それは女湯ならではの癒しのアイテム。脱衣所にはさりげなくアロマディフューザーが焚かれ、どこからともなくいい香りがしています。この精油は金春湯をイメージしたオリジナルブレンドのため、ほかでは体験することのできない芳香浴となっています。
そしてヘアドライヤーにもご注目。銭湯ではたくさんの人が繰り返し使用するハンディタイプのヘアドライヤーは一般家庭とは比べものにならない頻度で新調されています。金春湯はいつ訪れても高性能な機種が置かれているので、こだわりのほどが窺えます。
東京でもっとも古い銭湯のひとつでありながら、最先端のファシリティ。これがごくごく普通の利用料3分間20円でお試しいただけます。江戸っ子なら「こいつはありがてえ」と言いたいところですね。
銀座八丁目は新橋駅からも近く、金春湯は平日22時まで営業しています。路地裏散策系のまち歩きと組み合わせた小粋なフロハイリング(taking a bath)ができます。
まち歩きのあとは銭湯で汗を流しましょう。※飲酒後の入浴は危険ですのでおやめください。
金春湯(こんぱるゆ)
中央区銀座8-7-5 金春ビル
03-3571-5469
14:00 ~ 22:00(土曜は20:00まで)
日曜祝日定休
臨時休業や営業時間の変更などの最新情報は金春湯Facebookページをご確認ください。
中央区内の銭湯一覧はこちら
中央浴場組合公式サイト ふれあいの湯 http://www.268chuou.com/
関連記事・参考文献
江戸時代最初の銭湯はどこに? なぜバスタブを「湯船」と呼ぶの? by yaz氏(2020年4月)
一般社団法人 日本銭湯文化協会 編『銭湯検定公式テキスト1 改訂版:歴史と建築から学ぶ風呂文化』町田忍・米山勇監修,草隆社,2020年.
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【ニューヨク・タイムズ】 新世紀に誕生した奇跡の銭湯「十思湯(じっしゆ)」【日本橋小伝馬町】(2019年7月21日付)
【ニューヨク・タイムズ】 東京銭湯で湯めぐりをしよう (2019年7月12日付)
ちょっとニューヨク・タイムズ ―銭湯と愉しむ まち歩き― (2018年10月8日付)
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