築地で出会ったポカホンタスの子孫とは?
時代を超えて学ぶ異文化交流の大切さ
こんにちは。アクティブ特派員のHanes(ハネス)です^^
突然ですが、17世紀初期のアメリカにポカホンタスと呼ばれた女性がいたことをご存知でしょうか。
どのような生涯を送ったのかまでは分からなくても、ディズニーアニメや2005年の映画「ニュー・ワールド(原題:The New World)」で名前を聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
彼女と私たちとでは生きる時代も場所も異なります。
そして勿論、彼女と中央区との間に関係性はありま...せんとは言いません!
今回は私が好きな学問の1つであるgenealogy(系譜学)の視点からポカホンタスに焦点をあて、中央区の隠れた面白さをお伝えします♪
ポカホンタスの生涯
まず、ポカホンタスがどのような人物だったのかを簡単に見てみましょう。
ポカホンタス(1595年頃~1617年)
1595年頃、アルゴンキン族(現ヴァージニア州辺りに居住)の有力な首長パウハタンの娘として誕生。
1607年、ジェームズタウンに上陸したジョン・スミス船長らヨーロッパ人入植者に出会う。
アルゴンキン族に捕らえられたスミスらの処刑を食い止め、先住民族と入植者間の緊張緩和に貢献。
後に英国人ジョン・ロルフと結婚。キリスト教に改宗し、レベッカという名前をもらう。
1616年には夫と幼い息子と共に英国へ渡り、時の国王ジェームズ1世に謁見し、手厚くもてなされる。
何年も前に他界したと思っていたスミス船長との感動の再会もつかの間、致命的な病(結核等諸説あり)で1617年に亡くなり、英国の聖ジョージ教会(Gravesend, Kent)に埋葬される。
きっかけは1929年のお墓参り
上記のように、植民地活動が始まったばかりの時代を生きたポカホンタス。
その生涯は短くありましたが、平和への貢献や異文化交流の面では今でも評価されています。
1929年、ウィルソン大統領を支えたファーストレディイーディス・ウィルソンが彼女のお墓を訪問。
これを機に、彼女はポカホンタスの子孫であったということが広く知られました!
そしてこの時、彼女と共にお墓を訪れていた有名な人物がもう一人います。
それは、聖路加国際病院の創立者ルドルフ・ボーリング・トイスラーです。
医者として結核等の研究が目的だったのでしょうか...答えは、「いいえ」です。
驚くべきことに、ポカホンタスの息子トーマス・ロルフ(ヴァージニアの名門ボーリング家の祖)の子孫メリー・ジェファソン・ボーリングを母に持つ彼もまたポカホンタスの子孫であり、大統領夫人は従姉妹にあたるのです。
聖路加国際病院とトイスラー
ここからは、ポカホンタスの異文化接触時の緊張緩和(平和)への貢献を念頭に置いたうえで、中央区内のトイスラーに関する場所を巡りながら、トイスラーの日本における社会貢献を見てみます。
現在の聖路加国際病院の創立者であり初代院長であるトイスラーは、生涯をかけて日本における近代病院の開設に奔走した人物です。
詳細は割愛しますが、看護婦の養成や貧しい施療患者への人道的な病院としての機能を含め、彼の日本社会への貢献は高く評価されました。
病院の大増築にあたっては、明治天皇からの御下賜金や三井・岩崎両家や名士からの寄付金が集まり、後に日米の親善に対する功績から勲五等瑞宝章を授与されています。
(区民有形文化財のトイスラー記念館)
現在は、明石町に彼の碑と彼の名がついた記念館が残っています。
銀座や築地からは少々離れるものの、隅田川沿いを静かにお散歩したい時にはオススメのエリアです。
また、近くにはウォーターフロント開発の先駆けとなった聖路加タワーがあります。
47階にあるRESTAURANT LUKE with SKY LOUNGEからは、昼も夜も素敵な景色が楽しめます。
お手頃価格で特別なランチやディナーをしたい時にぴったりで、おひとり様でも利用しやすい窓側の席もあるのが嬉しいです♪
お近くにいらした際には、ポカホンタスに思いを馳せながらトイスラーの功績を学び、ウォーターフロントで一休みしてみてはいかがでしょうか^^
現代に引き継がれる想い
さて、今回取り上げたポカホンタスの話は、17世紀初めにまで遡ります。
日本では徳川家康が江戸幕府を開いた頃にあたり、随分と昔の話のように感じるかもしれません。
何度か映画化されたとはいえ、今でもその出来事に思いを馳せる人はいるのでしょうか...
2002年、聖路加国際病院では創設100周年記念祭が行われました。
そこに出席したトイスラーのお孫さんたちは、家宝として引き継がれているポカホンタスのネックレスを持参し、披露してくださったそうです。
それは、貝でできていて、金の細工が施してあったといいます。
このように、日本でもトイスラーとポカホンタスのつながりは伝えられているようです。
そして2017年、ポカホンタスのお墓のある教会を含む英国のコミュニティが一体となり、彼女の没後400年を記念する行事が開催されました。
その他、文化財になっている彼女の像が再注目される等、英国でも彼女がもたらした平和への貢献は今でも語り継がれています。
引用はしませんが、ポカホンタスを主人公にした映画には、異文化交流についての数々の名言や教訓が含まれています。
トイスラーの日本での功績の背景にも、日本人からの信頼を得るための並々ならぬ努力や苦労があったことと思われます。
この意外なつながりのある2人の生涯を知り、異なる文化を持つ人々と積極的に交流をすることで、自分の知らなかった価値観や物事を知ることができるのだと改めて感じさせられました。
東京2020大会を約1年後に控えた今、彼らからは学ぶことがたくさんありそうですね*
参考文献・ウェブサイト
石山稔「トイスラーとボリング家の人々―ポカホンタスのネックレス」、築地居留地研究会『築地居留地』第三巻(亜紀書房、2004年)
清水正雄『東京 築地居留地百話』(冬青社、2007年)
『聖路加国際病院百年史』(2002年)
Indian Country Today (2017) Pocahontas Death Day Celebrations in England. Available at: https://newsmaven.io/indiancountrytoday/archive/pocahontas-death-day-celebrations-in-england-NOPRn25AaEaIKX7Knwfvkg/ (Accessed: 30 April 2019).
Lehigh University (2018) The Pocahontas Archive. Available at: http://digital.lib.lehigh.edu/trial/pocahontas/bib.php (Accessed: 30 April 2019).
Maev Kennedy (2017) 'Pocahontas statue in Gravesend relisted 400 years after her death', The Guardian, 16 March. Available at: https://www.theguardian.com/culture/2017/mar/16/pocahontas-statue-gravesend-400-years-listed (Accessed: 29 April 2019).
Perelman, E. A. (2011). The Exponent of Breath: The Role of Foreign Evangelical Organizations in Combating Japan's Tuberculosis Epidemic of the Early 20th Century. UC Berkeley. Available at: https://escholarship.org/uc/item/32d241sf (Accessed: 29 April 2019).