すっとこどっこい

”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

築地川の名を冠した公園 のブログで三吉橋から銀座中学校横までの首都高速上の公園5つと築地川公園を取上げました。

https://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/detail.php?id=6523

 

築地川公園のあった位置の川は厳密に言えば築地川南支川と呼ばれていました。

築地川公園には堺橋(境橋)跡の説明版と親橋が残されています。

堺橋の説明として関東大震災前の木橋から鉄桁橋に改築されたという事と築地川南支川堺橋で分流し川筋が分かれる事が書かれています。

 

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

分流した川は南に向かって流れ、かなり川幅が広くなります。後に埋め立てられてあかつき公園になるわけですが、川が写真に写った図のような形なので、明石堀と呼ばれたそうです。そこでまた分流し、北東方面の分流は鉄砲洲川と呼ばれます。

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

明石堀はそのまま南にすすみ隅田川へと流れます。つきじ治作の横の位置で、そこは月島の渡しの船着場でもあり、現在の明石町ポンプ所の所で合流していました。

以前の物流では大きな物を運ぶ時、水路を使います。荷揚げする場所を河岸と呼び、月島の渡しの説明版の側は南飯田河岸つきじ治作の方は明石河岸と呼ばれたようです。

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

あかつき公園内に明石町の名の由来を記した碑があります。その裏側の写真です。

南明橋明石橋の橋名板があります。ここの場所は位置的に南明橋が近いと思います。南明橋は文献によっては新栄橋と書かれています。

明石橋あかつき公園の一番南の端辺りにあった橋です。渡るとすぐ運上所がありました。今つきじ治作の入口横に運上所跡の石碑があります。運上所は関所の役目もしていました。今の東京税関です。南飯田河岸明石河岸は、もう少し築地寄りに位置した小田原河岸と共に南の島や房総、紀州、四国からの荷を多く扱う場として賑わったようです。

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

築地川公園の中にある堺橋跡の説明版にある写真を拡大しました。船の後ろが堺橋です。写真の船はエンジンが無さそうなので、通称だるま船と呼ばれた艀(ハシケ)と思います。艀は大きな船が入れない水路で荷物を運搬する役目の船です。荷揚げを何日も待たされる事もあり、船中で寝泊まりできる船が増えていったそうです。

すっとこどっこいが小学生のころまでは、明石堀には沢山のだるま船とよばれた船が泊まっていました。八丁堀にもありましたが、明石堀の方が多かった印象です。船で暮らす水上生活者がいっぱいいました。

すっとこどっこいが小学校低学年の頃、小田原町(現築地7丁目)の友達の家によく遊びに行きました。その子の友達で水上生活者の子供がいて、船に乗せてもらったことがあります。今の築地児童館の辺りで陸地と船に板を渡して乗り込みます。結構揺れてビビった記憶が残ってます。船の中に生活スペースがありました。その子は1学年上だったと思います。どこの小学校なのかは知りませんでした。

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

最近知ったのですが、船の子供たちが学校から帰った時、まだ船が戻っていなかったり、船が移動して学校に通えなくなったりして困ることが多くあったので、1930(昭和5)年、月島にも寝泊まりの出来る東京水上尋常小学校が作られました。中央区沿革図集の火保図で月島第二小学校の横にあることが確認出来ます。1970(昭和45)年に中学生の寮としても廃止になりますが、その跡地は勝どき児童館になったそうです。勝どき児童館は現在勝どきビュータワーの中にあります。

あの時の小学生はこの学校に通っていたのでしょうか。寮に入っていたのなら、船を案内してくれたのは船に帰っていた土曜日の午後か日曜日だったのでしょうね。

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

横道に逸れますが、アニマル1(ワン)という漫画が1967年に少年サンデーに連載されていました。作者は、巨人の星やいなかっぺ大将と同じ川崎のぼるです。持っていた単行本は以前引っ越した際に処分しましたが、後日古本屋で見つけ購入しました。購入した現物は閉じ穴が開いた本です。今はほとんど見かけない貸本屋にあったものですね。入舟町3丁目湊町に貸本屋がありました。遠い記憶です。

この漫画の主人公の一家は水上生活者です。荒川区に停泊している設定でした。船から7人の子供達は学校に通っています。船はエンジンが付いています。中学校1年からレスリングを始めメキシコオリンピックの代表選手に選ばれる話です。選ばれたのは多分中学1年の時点だと思いますが。ちなみにアニマルとは東京オリンピックのレスリングで1ポイントも取られずに金メダルに輝いた渡辺長武選手のニックネームです。この漫画の数年後、若手のホープだったプロレスラーのアニマル浜口はリングネームを渡辺選手から了解を得て名乗ります。

 

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

もう一つ余話ですが、相棒シリーズで、水谷豊演じる杉下右京が船の中に監禁される回があります。船から声を聴いたと通報した人がだるま船と言っていて、だるま船というフレーズが解決に向かうキーワードになっていきます。船からの映像で桜橋第二ポンプ所が映っていて船の位置が特定出来ます。南高橋横で河津桜が咲く亀島川の岸です。この頃はほとんどだるま船は見ませんので何処からか引っ張ってきての撮影だったのでしょうね。

ちなみにこの場所は夜逃げ屋本舗でも使われたことがあります。セットを組んで数軒の家が並び、裏口から船を使って亀島川から逃げる設定のシーンでした。

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

あかつき公園は1971年の12月に開園されました。すっとこどっこいの父親が埋め立ての終わるころ、「川が公園になって名前が明石町の”あか”と築地の”つき”であかつき公園だって』と言っていた記憶があります。小田原町築地に変わったんだと実感しました。

あかつき公園築地川公園側には冒険広場があります。沢山の遊具があって子供達は大喜びで遊べる施設です。

すっとこどっこいの息子もよく仲間たちとこの広場で遊んでいました。

一番端の位置に工学院大学学園発祥之地の石碑があります。

 

 ”築地川” の名を冠した公園余話 あかつき公園

あかつき公園築地方面では大きな方の公園です。

中央区の友好都市、山形県東根市から雪の提供を受けて行う雪まつりはこの写真の広場を雪いっぱいにして行われます。次回は来年の2月の予定です。

中央に霧の噴水がある広場の周りには、シーボルトの胸像や”星の時間”のモニュメント、町の由来記念碑があります。また応急給水施設があり、あかつき公園一帯は広域避難場所になっています。

 

水の都 中央区 の名残が残る公園たち。昔も今も生活の一端を担ってくれています。