徳川家康ゆかり、静岡と中央区の共通点を探る

徳川家康ゆかりの静岡(駿府)に行ってきました
せっかくなので中央区との共通点について探ってきました

中央区にしろ静岡にしろ、共通点としては家康公が城を構えた城下町です
今川氏が作り、後に徳川領となり家康によって整備された駿府城周り
太田道灌が作り、その後北条氏の支城となり、後に徳川領となり家康によって整備された江戸城周り

場所こそ違えど、同じような歴史を辿った街に共通点が見え隠れしてきます
今回、自分が訪問したメインは家康公なので、あまり時間は割けませんでしたが、それでもなんとなぁく似ているなぁと思う点がありました

それは「旧町名」です。
今川氏の時代に作られ、徳川家康によって整備された駿府には旧東海道沿いに「駿府九十六ヶ町」というのがございまして、各々の町で各々の役目があったそうです
なお、静岡市においても地域の歴史に関心を持ってもらうために町名碑の設置を行っております、今回街歩きの道しるべとなり大変役に立ちました
https://www.city.shizuoka.lg.jp/s3478/s012168.html


では、私がビビっときた町名をご紹介いたします

伝馬町

伝馬町 徳川家康ゆかり、静岡と中央区の共通点を探る

もうこれは、中央区民ならば間違いなく興味を引きますよね、東京メトロ日比谷線小伝馬町駅を連想します。

調べてみたところ伝馬町とは
「江戸時代、宿場の重要施設である伝馬所(問屋場)があった地区を指すことが多い。」(Wikipediaより)
「伝馬役と呼ばれる領主(幕府・藩)のための伝馬およびそれに関連した夫役を負担していた。」(Wikipediaより)
とのことで、実は伝馬町という名の付く地名は日本各地にある様です

中央区に関して言いますと、現在も日本橋小伝馬町 日本橋大伝馬町 という町名が残っております
これらは日本橋の周辺に五街道向けの伝馬を担う大伝馬町、南伝馬町が、江戸内部の伝馬を担う小伝馬町が設けられたことに由来しております。


駿府城付近に於きましても、伝馬所があったわけです。
構図としては江戸城と大伝馬町小伝馬町との関係と同じようなものだったと思われます。

両替町

静岡に両替町という町名がありました。

これは中々興味深い、調べたところ中央区の銀座ととても深いつながりがあるんです。

1606年徳川家康公が、駿府に設立したとされるのが、元祖「銀座」でした。ここでは駿府城の蓄財としての分銅銀、丁銀を製造していたとされています。

それを由来として、この地は両替町と呼ばれるようになりました。
この両替とは、現在の両替とは意味合いが違いまして
銀座の業務として灰吹銀を買い入れ公鋳の丁銀と引き換えることを両替と言いました。
家康引退後の1612年に駿府にあった銀座の機能は江戸へ移転します。

江戸においては金座と銀座が作られ
金座→本両替町(町名)
銀座→新両替町(町名)
と呼ばれました。

新両替町は「銀座」があったため、俗称として銀座町とも呼ばれました。
1800年に銀貨鋳造での不正に伴い、銀座は蛎殻町に移転いたしますが
そのタイミングで、新両替町には、俗称としての銀座という名が残り、1869年に町名となりまして、正式に銀座という名前が採用されたのです。

静岡県にある両替町は江戸に移転する前の両替町

ということで、滅茶苦茶中央区と関係の深い町でした。知らずに静岡に行ったのですが思わぬ発見に嬉しくなりました。こういうのこそが街歩きの楽しみですよね

↓東京銀座のルーツが静岡にあることを示す石碑(両替町)

The Birthplace of Sumpu Ginza.JPG
Halowand - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

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御幸町

御幸町 徳川家康ゆかり、静岡と中央区の共通点を探る

銀座にもみゆき通り という名前の通りがありますが
結構似たような地名が日本全国にある模様です、今回静岡でも発見しましたので写真を撮影して来ました

由来としては、どこも同じだと思うのですが
天皇陛下が通られた道、という由来となります

こちら静岡県の御幸町ですが、昭和天皇が静岡地方にご視察の為に、御幸されお通りになったことからその道を「御幸通り」という名前が付き、それが由来となって御幸町という名前が付いた、とのことです。
※ちなみに、銀座のみゆき通りは明治天皇

調べてみたところ全国至る所に御幸町ってあるみたいですね。
恐らく今後増える事はないと思われます、かつての天皇主権の時代の名残ですね。
戦前、天皇陛下が現人神(あらひとがみ)と言われていた時代、そういう時代が本当にあったんだんなぁと改めてしみじみ実感いたしました。

まち歩きを重ねれば旅行も面白くなります

まち歩きを重ねれば旅行も面白くなります 徳川家康ゆかり、静岡と中央区の共通点を探る

今回は家康公が目当てで行ったため、本当に意外な発見となりました

今年の頭に中央区観光検定に初めてチャレンジして、
その勉強を通してまち歩きを重ね、色々な知識を重ねたからこそ
今回の発見があったものと思います

改めて、中央区観光検定にこの場を借りて感謝申し上げるとともに
同じように魅力を感じてもらえる人を増やすべく、当ブログなどでの活動への意欲が刺激されました。