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「これしか中橋」の中橋って、どこでしょう?

NHK大河ドラマ「べらぼう」を皆さんご覧になっていますか?
今回、ドラマの中で出てきた「これしか中橋」の中橋についてです。
ドラマの中の会話で、蔦屋重三郎が九郎助稲荷(声は綾瀬はるかさん)に語りかけ、九郎助稲荷が応えるシーン。

(蔦屋重三郎) どう思う? もうこれしか中橋だと思うんだけど
(九郎助稲荷) これしか中橋と言われましてもねぇ
        なかなか危ない橋だと私ゃ思いますけどね

この「これしか中橋」の中橋ってどこでしょうか?
江戸時代、日本橋の通町筋、現在の中央通りを日本橋から京橋へ向かう途中に中橋がありました。ちょうど、現在の八重洲通りと中央通りの交差点のところです。
江戸の初め、現在の八重洲通りには、楓川から外堀まで続く紅葉川と呼ばれる大きな川(堀)が流れており、そこに架かっていた橋が中橋でした。
中橋付近は、狂言踊りや浄瑠璃の芝居小屋、江戸歌舞伎の発祥である猿若座の歌舞伎小屋があり、いわゆる、江戸最初の劇場街でした。
下の地図は、江戸初期の1632年頃の地図です。日本橋と京橋の間に中橋が確認できます。

 「これしか中橋」の中橋って、どこでしょう?

その後、明暦の大火の頃までに紅葉川は埋め立てられ、中橋は撤去され、その跡地は中橋広小路となります。中橋広小路は、上野広小路や両国広小路と同様、茶屋や屋台、露天などが立ち並ぶ繁華街で、盛り場として大変にぎわっていました。江戸の名所の1つで、江戸で中橋と言えばこの場所を指しました。

最初に載せた絵は、1836年発行の江戸名所図会の1枚で、中橋広小路の様子を描いています。通りの角には、茶屋が並んでいます。左の茶屋には「小川」、右の茶屋には「かんきく」(環菊)と書かれ、これらの茶屋は、大山詣りなど江戸から東へ旅をする際の待ち合わせ場所として賑わったようです。

江戸っ子の地口(じぐち)

「これしか中橋」のようなダジャレ、言葉遊びは「地口(じぐち)」といいます。江戸っ子は地口が大好きで、日常的に使っていたのだそうです。
現代なら、おやじギャグとかいわれ、冷たい視線を浴びてしまうかもしれませんね。
中橋が出てくる地口には、「仕方(しかた)中橋」もあります。
「しかた中橋神田橋」ともいいいます。


「べらぼう」に出てきた地口には、他にこんなのがありました。

・恐れ入谷の鬼子母神
・ありがた山の寒がらす・ありがた山の鳶(とんび)がらす
・上がったりやの かんかん坊主
・そう、うまくは 烏賊(いか )の 嘴(くちばし)か
・ 呆(あき)れがひっくり返ってお礼に来る 
・どうも、 かたじけ 茄子(なすび )
・そこだけは 言うてもおくれな 小夜嵐(さよあらし)
・見上げたもんだよ、屋根屋のふんどし 
・国を開きゃ、占め子の 兎(うさぎ)
濡れ手に粟餅(あわもち)
などなど

以上、「これしか中橋」の中橋と江戸っ子の地口についてお話ししました。
これからも、ドラマ「べらぼう」でどんな地口が出てくるか楽しみです。