2月歌舞伎座は「猿若祭」
猿若祭(さるわかさい)とは
猿若祭は、1976年に十七世中村勘三郎を中心に始まった、2月恒例の公演です。
初代中村勘三郎が、現在の京橋の一角である中橋南地に、江戸で初めて幕府公認の芝居小屋「猿若座(のちの中村座)」を開いたのが寛永元年(1624年)。これが、江戸歌舞伎の始まりとされています。
※この発祥の地の紹介は最終ページに
猿若祭は、「江戸歌舞伎の原点に立ち返る」ことをテーマにした2月ならではの特別な興行で、今回50周年の節目を迎えます。十八世勘三郎の子である当代勘九郎・七之助兄弟を中心に、中村屋とそのゆかりのある豪華な役者が登場するきらびやかな舞台です。
今回の猿若祭では、十八世勘三郎に見出され、一般家庭から歌舞伎の世界に入った中村鶴松が、初代中村舞鶴の襲名披露を行う予定でした。
しかし、1月の出来事を受け、襲名および本公演への出演は見送られることとなりました。
以下では、昼の部の解説を行います。
猿若人形 中村勘三郎家伝承
※歌舞伎座2階に展示中
(説明文から)
「猿若人形」は初代以来三百有余年中村家に伝承されたと云い伝えられ、猿若勘三郎の扮するシテ「猿若」と杵屋勘五郎の勤めるワキ「杵屋何某と申す大名」の二人立の人形で、首、手足が動くと云われている。
「猿若」は紅の長手拭の頬かむり、着付は表赤地、裏浅葱。立浪模様の長着をあづまからげに着て、紅縄(又は浅葱絹)の股引をはき黒絹の表、紅縄裏の露芝之模様の袖なし羽織を着て、その上に太い丸ぐけの帯を〆めている。後にこの丸ぐけの帯が総角(あげまき)紐に替った。
「大名」は三ツ杵の紋の柿色に袴を着し、三ツ杵模様の長袴をはき、浅葱地色に熨斗目の着付、小刀を帯し、扇を持っている。
1.お江戸みやげ(世話物)
江戸の春を舞台にした、人情味あふれるお芝居です。
お辻の雁治郎と、おゆうの芝翫。どちらもめずらしい女形での共演ですが、二人の掛け合いは人情味にあふれ、舞台に出てくるだけで自然と笑いを誘います。少しなまりのある口調も相まって、ユーモラスで親しみやすい雰囲気が印象的でした。
途中、主役級の役者の台詞が飛ぶ場面があり驚きましたが、後日ブログで「初日の緊張のため」と知り、ベテランでもそういうことがあるのだなと、かえって親しみを覚えました。
終盤では、しっかり者のお辻が若手役者・栄紫のために大金を差し出し、再会した栄紫が片袖を手渡して礼を述べる場面が心に残ります。前半の笑いから一転して、最後はほろりとさせられる、人情味豊かな世話物でした。
2.鳶奴(とんびやっこ)(舞踊)
主人に命じられて初鰹を買いに行った奉公人が、鳶にさらわれてしまい、必死に追いかけるという滑稽な舞踊劇です。
物語は、戯れの所作や想像力豊かな身振りで展開され、名弓の達人の真似や鳥刺しの動きの滑稽な模写などが見どころです。
明るく躍動的な作品で、江戸風の「粋」――機知、洒落、愉快さ――が生き生きと描かれます。
今回の特別な見どころとして、尾上松緑が、祖父である二代目尾上松緑が歌舞伎座でかつて踊った演目に挑みます。
8分ほどの舞踊でしたが、その中で松緑の踊りの確かさがよく伝わってきました。動きに無駄がなく、所作の一つ一つがきれいで、見ていて安心感があります。表情や間の取り方もほどよく、自然と笑いを誘います。短い時間ながら、ユーモラスで印象に残る舞踊でした。
3.弥栄芝居賑
(いやさかしばいのにぎわい)
本作は本来、襲名披露や初舞台などの節目を寿ぐための儀礼的な演目として上演される作品です。
典型的な襲名披露では、口上を含めた当人が舞台の中心に立ち、全体の構成がその人物を軸に組み立てられます。言い換えれば、特定の後継者を念頭に置いて作られる芝居です。
今回、襲名披露は行われませんが、作品自体は当初の予定どおり上演されました。
本来の主役は登場しませんでしたが、舞台には次々と名だたる役者が現れ、花道で中村屋の猿若祭50周年を祝う口上を述べる姿が実に華やかでした。それぞれの言葉に祝意と個性が込められ、特別な一日であることが伝わってきました。
最後に登場した片岡仁左衛門は、生前の十八世勘三郎との親交を語り、勘九郎に「早く勘三郎を襲名してほしい」とユーモアを交えて語りました。その一言に客席は大きな笑いに包まれ、祝祭らしい温かい空気の中で幕を閉じました。
4.積恋雪関扉
(つもるこいゆきのせきのと)
雪の逢坂山を舞台にした、恋と不思議な力が交わる舞踊劇です。
物語は、都を追われた若者と恋人の再会から始まり、次第に不安な気配が広がっていきます。
後半では、夜の闇の中で登場人物の正体が明らかになり、人と人ならぬ存在が向き合うことになります。
はっきりした結末を描くのではなく、気持ちの高まりや場の雰囲気を、踊りで感じさせるのがこの作品の特徴です。
イヤホンガイドでも、今回の上演は、長い物語の中から舞踊を中心とした場面をつないだ構成のため、途中で物語のつじつまが一部合わないとの説明がありました。それだけに、物語よりも舞踊そのものの魅力が前面に出た演出だと感じられます。
とりわけ、勘九郎が勤める関兵衛(黒主)と、七之助の墨染(小町桜の精)による舞踊は迫力があり、舞台の空気を一気に引き締めていました。この演出の大きな見どころのひとつが、関兵衛が黒主の黒い衣装へと早変わりする「ぶっかえり」で、客席の視線が一斉に集まります。
私はこの2日前に東京ドームでレディ・ガガのコンサートを観ましたが、曲の途中で衣装が一瞬にして変わる演出を思い出しました。舞台は違っても、鮮やかな早変わりで盛り上がる点は共通しており、演出の力を感じるひと幕でした。
出演する役者の家系図
黄色い網掛けが2月猿若祭の出演者(昼の部のみ)
数字は本年2月1日現在の年齢
歌舞伎発祥の地(中橋南地=現中央区京橋3-4先)
2月公演の幕が開き、当の鶴松は今、何を思っているのでしょうか。大きな後悔と反省の日々を送っているであろうことは想像に難くありません。先の公演予定にも名前はなく、復帰の時期は未定です。
今回のことを反省のみに終わらせることなく、糧として稽古と精進を重ね、次の猿若祭では一回り大きくなった姿を舞台で見せてくれることを願っています。
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