中央FM『シーボルトがやって来る!ヤァ・ヤァ・ヤァ~江戸参府143日~』が、始まりました。
※ シーボルト著の「江戸参府紀行」と同時代の江戸の街並みが描かれた「熈代勝覧」
いまを去ること200年。
時は、第11代将軍徳川家斉公の御代、文政9年(1826年)のこと。
鎖国の中の日本において、西洋との交流の窓口は、長崎の出島ただ一つ。
オランダ商館長(カピタン)が、貿易交流のお礼にと、はるばる江戸までやってきて、江戸城の将軍に拝謁するのが『江戸参府』。
その一行の中に、日本の自然、地理、歴史に、はたまた生活する人々の風俗に至るまでも、神羅万象尽きぬ興味を持って、活発に行動する青年が、いた。
※ シーボルトの肖像。(江戸参府紀行の扉絵より)
その人物こそ、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト。
医者にして、博物学者、優れた学術研究者。
長崎に「鳴滝塾」を開設し、この診療所を兼ねた蘭学塾から、西洋医学、自然科学などの学問の種が蒔かれ、日本中に広がっていくのであります。
同時に、西洋に伝えられた神秘の国「日本」の実相は、あこがれのジャポニズムへと昇華する動きへつながるのであります。
※ 葛飾北斎「画本東都遊」に描かれた長崎屋(日本橋室町四丁目の案内板より)
薬種問屋「長崎屋」は、江戸参府時の宿泊所に使われました。
オランダ商館長の江戸参府に随行し、初めて目にする神秘の国「日本」の景観に感激しながらも、圧倒的な好奇心で調査研究を行った人、シーボルト。
彼の名声を伝え聞く、大名、蘭学者、医者ら知識人から、物見高い江戸の庶民にいたるまで、知識を得よう、病を治してもらおう、姿をひとめ見たいという思いを胸に、ぞくぞくと駆けつけるのでありました。
黒山の人だかりとは、正にこのこと。
長崎屋は「江戸の出島」との異名を持つ、西洋文化と交流できた数少ない場所なのでありました。
※ 中央FM「シーボルトがやって来る!」の記念すべき第一回の出演者
左から、ナビゲーターのJUMIさん。「シーボルト父子伝」の演出・脚本も手掛けた女優の鳳恵弥さん。第一回ゲストの小江戸板橋さん。そして、シーボルトの子孫にして、日本シーボルト協会会長の関口忠相さんです。
中央FMは「江戸参府200年」に合わせて、シーボルトを多角的に深堀していく長期企画を立てた。
シーボルト像、その時代背景・文化など、多彩なゲストを招いて深めていくものである。
なにいぃ。記念すべき2月1日、第一回目のゲストが、・・私でいいのかぁ。
しかも、「オランダ王国大使館」・「シーボルト協会」の後援番組。
しかも、30分!
しかも、生放送で!!
いやいや、黙って立ってりゃ、なんちゃって教授に見えなくもない。
おっと、これはラジオだ。姿は見えないだろうが!
それでも、「明るく爽やかで、親しみやすい雰囲気が、これからの番組の方向性をつけるには適任かも。そう、ごく普通の人の目線が大切なんだ!」と、ポジティブな思い込みでこの難局を突破することにした。
日蘭交流の始まりを確認しておこう
※ オランダ船「デ・リーフデ号」像
千代田区丸の内二丁目、丸ビルの南側歩道に設置されている、荒波を乗り越えるオランダ船
日本とオランダとの交流の歴史をたどれば、慶長5年(1600年)3月16日に始まる。
この年、豊後国臼杵港北岸の佐志生(大分県臼杵市)に、一隻の外国船が漂着する。
オランダから東洋を目指し出発したデ・リーフデ号だった。
同船乗組員のオランダ人ヤン・ヨーステン、イギリス人航海士のウイリアム・アダムスは、徳川家康公の信をえて、外交や貿易の顧問として活躍するのだった。
中央区にも、彼らの記念碑などが設けられており、活躍の様子を偲ぶことができる。
第18回中央区観光検定にも出題
前日、1月31日に行われた観光検定の話題も出た。
「築地七丁目のあかつき公園には、日本の蘭学発展に貢献したシーボルトの胸像があります。・・・」
観光検定受験者には、シーボルト関連事項は必須の学習項目になっている。
生放送の強み。
前日の様子も、しっかり放送で取り上げているのだ。
西洋医術や薬の用法を伝えた姿は、「少彦名命」にも似て
「福徳」の社号が縁起が良いと注目を集めている、福徳神社と福徳の森。
その東側に「薬祖神社」の社殿が建つ。
此処こそ、「くすりの街」日本橋のシンボルで、「医と薬の祖」として崇敬されるおやしろなのだ。
御祭神は大己貴命、少彦名命の二柱。
古事記や日本書紀に記載され、ともに国土経営に尽力された神である。
医術や薬の用法、酒造など諸々を各地に伝えた。
ここからも、シーボルトへ結びついていく。
シーボルトの著書に「江戸参府紀行(訳:斎藤信 平凡社)」がある。その中に次のような記述がある。
ヨーロッパで常用されている薬草や効用をまとめた薬品目録「薬品応手録(やくひんおうしゅろく)」を用意し、各地の医者と交流する際の手土産とした。
西洋薬品の宣伝普及に寄与した冊子である。
「薬品応手録」に、コーヒーを薬として取り上げ、効能を記している。
シーボルトは、大のコーヒー好きだったらしい。
細やかに入れ方の描写があり、日本に広く普及させるための課題や販売方法も記している。
「コーヒーは長寿にきくと宣伝すると、日本人に受け入れやすくなる」とまでいう。
まるで、嗜好品として親しまれている現在の姿を、予言しているみたいだ。
コーヒーの薬効は、体脂肪の燃焼を促進する。血糖値を整える。コレステロールを下げる。
適量のカフェインは、集中力をアップさせ、運動機能を向上させる。
それなら、毎日1杯だったコーヒーを、2杯にしてみようか。
コーヒーがジワリと浸透し始めた江戸後期でも、舶来のカップやソーサーは高値の華だったろう。
身近にあった抹茶茶碗を、カップの代わりに使って飲む人もいたはずだ。
200年前の江戸の気分で、たっぷりと淹れてみた。
う~ん。満足じゃ。
※ 中央FMのシーボルトがもっと身近になる長期企画、「シーボルトがやって来る!ヤァ・ヤァ・ヤァ~江戸参府143日~」の第2回は、2月8日(日)11時から放送されます。
ゲストは、・・乞うご期待!
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