ぴっか

月も朧に白魚の

歌川豊国(三世) 「三人吉三廓初買」東京都立図書館デジタルアーカイブ

  月も朧に白魚の、篝(かがり)も霞む春の空。冷たい風もほろ酔いに

 心持ちよくうかうかと、浮かれ烏のただ一羽、ねぐらへ帰る川端で

 棹の雫か濡れ手で粟。思いがけなく、手にいる百両。

(厄払い おん厄はらいましょう、厄落とし、厄落とし)

     ほんに今夜は節分か。西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし。

 豆沢山に一文の、銭と違って金包み。

  こいつは春から縁起がいいわえ

 

河竹黙阿弥の代表作『三人吉三廓初買』のお嬢吉三の名セリフ。

上の浮世絵の左側の人物が「お嬢吉三」。吉三という名前が表す通り男性ですが振袖を着て女装している盗賊です。

「お嬢吉三」は夜鷹から百両もの大金を奪ったあげく川に突き落とした後、上のセリフを発します。罪ない夜鷹を落としたことを厄払い、百両手に入れて縁起がいいなどいい、風情のある美しい言葉を使ったテンポの良い耳触りの良いセリフには罪の意識は感じられません。その後、お譲吉三はどうなる⁉

歌舞伎の続きが気になりますが、今回は「白魚」のお話。

 

このセリフに出てくる「白魚」が江戸時代に佃島で行われていた白魚漁になります。

霧や靄に月も霞む早春の陰暦2月、節分の頃(現在の3月頃)。佃島で篝火を焚いて行われる白魚漁は江戸の早春の風物詩として親しまれ『三人吉三』のセリフにも使われるほどでした。

浮世絵にみる佃島の白魚漁

浮世絵にみる佃島の白魚漁 月も朧に白魚の

歌川広重『名所江戸百景 永代橋佃しま』国立国会図書館デジタル

この歌川広重の絵は永代橋の下から佃島の方角を望んでいます。

大型船が係留されています。江戸湊の入り口なので遠方から荷物を運んできたあるいは明日の朝出航する船でしょうか。

左の橋脚の陰には船のへさきに篝火が揺れているのが見えます。これが白魚漁の船です。

白魚は早春に産卵のために川を遡上してきます。江戸時代には隅田川にも白魚が来ました。

宝井其角が「しら魚をふるい寄せたる四手哉」とよんでいます。

四手とは四手網のことです。

この絵では網がよく見えないので別の絵を見てみましょう。

 月も朧に白魚の

歌川広重「佃白魚網夜景」東京都立図書館デジタルアーカイブ

船に帆が張られているように見えますが、これが四手網です。

明かりに集まる白魚の性質を利用して夜間に漁がおこなわれました。

ビルやタワーマンションの煌々と輝く明かりもない深い闇夜の佃沖で篝火が揺れ水面に映る光景は幻想的で美しかったことでしょうね。

 

そもそも佃島は本能寺の変で窮地に陥った家康軍を船をだすことで助けた摂津国佃村の漁師たちが

家康から隅田川河口の干潟を拝領し漁業権を得て移り住み島を築いた場所です。

漁民はそこで幕府に献上する魚をとり、余った魚を売り生計をたてました。

白魚漁が許可されていたのは佃島の漁師と白魚役の一部の人だけでした。

獲れた白魚は京橋川の白魚橋の近くの白魚屋敷に集められ幕府に献上されました。

 

『江戸名所図会』には「両国の川筋に産するところの白魚は、尾州名古屋の浦よりとりよせたまふ」とあります。

元々隅田川に白魚は生息しておらず、尾張から移植したということでしょう。

白魚はとてもデリケートな魚で少しの圧力で傷ついて死んでしまったり、きれいな水を好み環境の変化にも弱いと聞きます。尾張から江戸まで輸送するのは細心の注意が必要だったと思われます。

隅田川に白魚が生息するようになるまでには大変な苦労があったことでしょう。

江戸末期、嘉永生まれの鹿島萬兵衛は『江戸の夕栄(ゆうばえ)』に白魚漁の篝火が江戸の名物であることと、この頃は白魚は繁殖して江戸っ子が舌鼓を打っていると書き残しています。

江戸の白魚料理

では庶民はどのようにして白魚を料理していたのでしょうか。

汁、さしみ、かまぼこ、煮物、煎り物、吸い物にしていたことが『料理物語』(寛永20年)に書かれています。様々な調理方法があったことがわかります。

しかし残念ながらレシピは書かれていず、どのような調味料をつかい、どのような手順で料理したのかはわかりませんでした。

また、夜舟を出して白魚の活造りを楽しむ遊びもあったようです。

 

興味深いのが蒟蒻を白魚に見立てる料理があったことです。

江戸時代のレシピ本は『豆腐百珍』『卵百珍』(正確には『万宝料理秘密箱 卵の部』)が有名ですが

『蒟蒻百珍』(弘化3年)という本もあります。

そこに蒟蒻を「白魚」に見立てる料理が載っています。

高級食材の白魚を蒟蒻で代用し手軽に楽しむといったところでしょうか。

蒟蒻を細づくりにし、一筋づつ葛粉にまぶし、熱湯に通してから好みに調味するとあります。

葛粉によって白魚のようなぷるんとした食感になるのかもしれません。

その蒟蒻白魚を吸い物にする、生酢につける、のりをあしらう。といった食べ方の他に

「岩茸」をあしらうという食べ方ものっています。

「岩茸」現在では高級食材です。

北斎漫画にも岩茸取りの様子が描かれています。

 月も朧に白魚の

『北斎漫画 岩茸取』国立国会図書館デジタルコレクション

こんな断崖絶壁で採取するとは…命がけですね。

これでは江戸時代でもお安いものではなかったに違いありません。

高価な白魚を蒟蒻で代用しているのに高価な岩茸と合わせるとはこれいかに。理解に苦しむ調理法もありました。

現在の白魚は

第二次大戦後も隅田川で白魚をとることはできていたようですが、その後急速にいなくなり

昭和32年を最後に漁獲の統計はないとのことです。

しかし、良いニュースがあります。

令和6年の調査で多摩川で白魚が捕れたとの報告がありました。こちら

いつか隅田川も清流になり白魚が産卵のために遡上してくるようになるといいですね。篝火が揺れる景色が見たいです。

【参考文献】

三人吉三廓初買』 延弘真治 編著 白水社

『江戸の自然誌』 野村圭佑 どうぶつ社

『江戸の食卓に学ぶ』 車浮代 ワニブックス

『料理百珍集』原田信男 八坂書房

『料理物語』平野雅省 訳 教育社新書

『江戸の夕栄』鹿島萬兵衛 中公文庫