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2026 江戸の名残が垣間見える 本銀通りのオカメザクラ

 2026 江戸の名残が垣間見える 本銀通りのオカメザクラ

 日本橋本町1~4丁目の通称 "あじさい通り"、日本橋本石町4丁目の「日銀通り」 、日本橋本石町4丁目~日本橋本町4丁目(JRの線路~昭和通り)の読み方がちょっと難しい「本銀(ホンシロガネ)通り」に植栽されている「オカメザクラ」が咲き揃い始めました。       江戸時代、銀細工職人が集住しその後神田に起立した新銀町と区別するため本の字を冠したとされる本銀町は、関東大震災後の区画整理/町名変更により姿を消しましたが、東西を貫く道は今日まで残され、平成27年に設定された道路愛称と共に往時を偲ばせています。オカメザクラは、イギリスの桜研究家のコリングウッド·イングラムが、カンヒザクラとマメザクラを交配して作出した園芸品種で、コンパクトな樹形、細い枝ぶり、小輪の一重咲き、黄色い葯の雄蕊、緋色の萼、濃いめのピンクの花弁はやや半開で俯き加減に咲くのが特徴で、満開になると木全体が艶やかなピンクに染まり、遠くからでも目を引きます。        オカメザクラ(=お多福)の名に関しては、古くはふくよかな体型の女性は、豊穣、徳を表わし、所謂 "美人" の条件とされていたとの説に因み、日本風の名前を考えるに当たり、その優美な花姿を日本美人に重ね、命名したのではないかと推察されているようです。                      花色が濃いめで華やかな雰囲気を持ちながら、樹高が高くならず、人通りが多くスペースが限られた場所の街路樹や、狭い庭のシンボルツリーとして重宝され、小輪多花性という特性を活かして、盆栽や鉢植えにも利用されると聞きます。                                ヒヨドリが花蜜を求め飛び回っています。