築地場外市場の昔のあれこれ

先日、旧築地場内に残る遺跡とか、浴恩園について書きました。
https://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/detail.php?id=6617

その中で、1923年の関東大震災で日本橋魚河岸が被災し、その年に築地に移転。1935年(昭和10年)に正式に開場したって説明しましたが、ほんの90年前ですね!(わたくし産まれてないけど)

今回は、築地の場外市場について書いてみよっかなと。

1935年の正式な開場から、2018年に豊洲に移転するまで83年。
日本橋に魚河岸があった300年間と比較すると、歴史的には短かったのでしょう。

築地市場には、今はもうない「場内市場」と、今もある「場外市場」の2つのエリアで構成されてます。

場内市場は、都が場所を提供して運営していたリアルな市場。
場外市場は、文字通り場内市場の外にある民営のお店で、現在も継続して営業しております。
今回はその場外市場をお散歩して(実際は観光客の中をかきわけて)、古そうな建物などを撮影したので、紹介します。

その前に「築地」の事をPractice!

2026年現在、時をさかのぼる事409年。
築地本願寺の前身である「西本願寺別院」は、1617年に建立。
浅草橋(浅草御門)の近くに建てられたので、「浅草御堂」と呼ばれてました。

そう「浅草橋」は、JRで秋葉原から千葉方面に向かう隣の駅。さらにまた一つ隣に行くと隅田川を渡り両国駅に繋がります。

「浅草橋」は、久月や吉徳など人形の老舗メーカーが軒を連ねているが、わたくし個人的に学生時代から花火を買いに行く場所です。

スーパーで売っている「おもちゃ花火」でなく、大人が楽しめる「本物」が売ってます。スーパーで売ってるものでしか遊んだことがない人から、「これどこで買ったの?」と聞かれ、「浅草橋」で買ってきたと説明すると、「浅草で?」と言われ、「浅草橋」は認知度が低い場所なんだと認識させられる。

「浅草橋」といえば、「浅草橋ヤング洋品店」の浅草橋だろが!
と言いたくなるが、途中から「ASAYAN」に変わり、ASAが「浅草橋」であることが、わからなくなるのも一理。

WIKIで調べたら「ASAYAN」に変わったのが1995年。って30年も前の話じゃないか!その「ASAYAN」も2002年に終了している。ゴマキも40にもなるわ!

ってなんのこっちゃって思った方すいません。テレ東で放送されていた昔の番組の話です。
「浅草橋ヤング洋品店」は番組名で、実際のお店ではありません。
つい思いついたまま筆を走らせました。

つーか「浅草橋」は台東区だろが、中央区と関係ねー話するんじゃないよ、とご立腹ですよねー。
てへぺろ

閑話休題

さて1657年なので、今から370年ぐらい前のことです。
両国橋を架橋するきっかけになったとか、いろいろと有名な「明暦の大火」が発生し「西本願寺別院」は燃えてしまいました。
防火施策のため、その場での再建NGとなり、八丁堀沖の湿地帯に移転しろと言われたんだってさ。

湿地帯だから、そのままでは建物は立てられない。

0ベースではないものの、「佃島」の門徒が中心となり埋め立てて翌年の1658年に仮御堂が、そして1679年に仮じゃない本堂が落成しました。
「築地御坊」「築地門跡(もんぜき)」などと呼ばれるようになったとのこと。
「門跡」の名は「門跡橋」として親柱が残ってます。

現在、築地といったら、食の町みたいな扱いですが、そもそも築地本願寺を建てる為に「築かれた土地」であるから「築地」という地名になったんです。

いま、「へーそーなんだ」と思ったあなた、よかったね勉強になって。

東都名所 築地西御堂之図

東都名所 築地西御堂之図 築地場外市場の昔のあれこれ

江戸末期の1858(安政5)年に歌川広重により描かれたものです。
本願寺が建てられたことで、子院や新たに開創した寺など58ヶ寺が門前に集まり寺町を形成しました。

現在、国の重要文化財に指定されている築地本願寺の建物は、新大橋通り側を向いて立ってます。
ご存じの方も多いと思いますが、関東大震災前まで、右に90度回転させた晴海通り側、つまり場外市場側に向いており、「場外市場」の場所には塔頭(※)が、58ヶ寺が並んでいたようです。
なので、築地場外の場所には、飲食店や食料販売の小売店の中に混じって、塔頭が残ってます。

※塔頭(たっちゅう):大規模な寺院の境内にある子院のこと。

地図にスポットをプロット

地図にスポットをプロット 築地場外市場の昔のあれこれ

さて、ここから現場です。
地図上に写真を撮った場所をプロットしたので順番に巡りますかと。

① 築地場外市場の昔のあれこれ

包装用品の小見山商店さん

②③④

②③④ 築地場外市場の昔のあれこれ

塔頭の「圓正寺」。銅板を貼ってある「銅板建築」ですね。

 築地場外市場の昔のあれこれ
 築地場外市場の昔のあれこれ

⑤ 築地場外市場の昔のあれこれ

こちらも銅板建築。現在海鮮丼屋の「築次郎」さんの建物です。

⑥ 築地場外市場の昔のあれこれ

塔頭の称揚寺(しょうようじ)
建物自体は古くなさそうです。

⑦ 築地場外市場の昔のあれこれ

波除通りに建つ「築地センタービル」
テリー伊藤氏の家族が営む丸武が目立ちます

⑧ 築地場外市場の昔のあれこれ

②「圓正寺」の墓地が一角を占めてます

⑨ 築地場外市場の昔のあれこれ

遊園地の如くキリンの首が飛び出してます。
江戸屋海産椎名さんの建物

 

空地①②③

空地①②③ 築地場外市場の昔のあれこれ

古い町が故、空地も点在。

ってことで、今回は築地の歴史と、飲食店には目もくれず場外市場をお散歩したお話しでした!
場外市場に行ったら、食べ歩きもいいけど、建物も見てみるがいー!

■以降の告知
・2018年に豊洲に移転する直前、築地場内で写真を撮ってましたー
・そろそろ桜の季節ですねー

乞うご期待!

参考文献
https://smtrc.jp/town-archives/city/tokyo-bay/p02.html(三井住友トラスト不動産)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ASAYAN