歌舞伎座屋上庭園 後編
リモートで、愛する中央区をナビゲートします、rosemary sea です。
歌舞伎座屋上庭園のご紹介、今回はその後編です。
それでは・・・
黙阿弥の石灯篭と蹲踞(つくばい)
歌舞伎作者河竹黙阿弥(1816年ー93年)は1887年(明治20年)に浅草から本所南二葉町(いまの亀沢2丁目)に新築移転し、晩年の6年間を過ごしました。
この石燈籠と蹲踞(手水鉢)はその庭に置かれていた遺愛の2品です。
燈籠は全高2.25メートル。
三月堂型と元興寺型を合せたごく普通の燈籠ですが、すぐ目につく特徴は、中台の下のいわゆる竿(さお)の部分と天辺(てっぺん)の宝珠の部分に、斜めに切ったような継ぎ目があることです。
これは1923年(大正12年)の関東大震災のとき、激震のために倒壊して折れた傷跡です。
修復されたこの燈籠は、そののち長女の糸女、その養嗣子の繁俊、その嫡男の登志夫へと受け継がれ、罹災した本所から渋谷、世田谷、逗子へと、一家の移住につれて蹲踞ともども、つねに同行してきました。
このたび第5期歌舞伎座の新開場を祝すとともに、この年が黙阿弥歿後120年にあたることをも記念し、縁のふかいこの劇場に永く保存公開して頂くこととしました。
河竹家四代、ひいては近代歌舞伎側面史の、ささやかな資料ともなればと願っております。
2013年(平成15年)3月吉日 河竹登志夫
五右衛門階段
朱色の階段から間近に見える歌舞伎座の大屋根は、南禅寺山門での五右衛門の有名なセリフ「絶景かな、絶景かな」を思い起こしてくれることでしょう。
また、「五右衛門階段」からは1枚だけ『反転した鳳凰』の瓦も見ることができます。
お時間がある時などは、ここに足を運んでぜひ探してみてください。
~ 松竹ホームページ より ~
壽於輔人形
5階の歌舞伎座ギャラリー前に飾られています。
花柳壽於輔さんの作った紙でできた人形、歌舞伎の舞台、見事です。
歌舞伎座前です。屋上庭園は画像の左ななめ上にあります。
歌舞伎座と、その後ろにそびえる歌舞伎座タワーです。
歌舞伎座タワーの5階、歌舞伎座の大屋根のすぐ後ろに、屋上庭園はあります。
所在地は銀座4-12-15です。
庭園内は前編での「阿國桜」の他、シダレザクラ、イロハモミジやキンモクセイ、ネムノキなど植栽にあふれています。
東銀座のくつろぎスポットとしていかがでしょう?
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