東京市場線(貨物線)の廃線跡
(写真提供:中央区立京橋図書館)
上の写真は、築地市場内の鉄道引込線(東京市場線)の写真です。汐留駅(1986年廃止)から東京市場駅へと続く1.1㎞の路線は東海道本線の貨物線として造られました。貨物専用線は、汐留駅の東端から南東方面に延伸し、汐留川・築地川を渡って築地市場に到着しました。築地市場はもともと鉄道による入荷を前提とした構造でした。建物の南東側を円弧上にカーブさせ扇形に造ることで、多くの貨車が停められるように長いプラットホームを設けました。これは四角形の建物では、一辺分しか取れませんが扇形にすることで二辺分のプラットホームを設けることができるからだと思われます。
(写真提供:中央区立京橋図書館)
上の写真は、築地地区を上空から撮影した航空写真です。中央区立京橋図書館から提供された写真をトリミングし、主要地点を明示しました。また東京市場線は赤の点で表示しています。
(資料提供:中央区立京橋図書館)
上図は、京橋図書館から提供された「京橋全図(昭和10年)」をトリミングしました。写真と図を比べると東京市場線の経路が解ると思います。
1935(昭和10)年2月11日の築地市場開場と同時に東京市場線は開通しました。想定入荷量は10t貨車で80両でしたが、1950年代の最盛期には日に150両もの貨車が入線し、汐留駅と築地市場間の鉄路が埋まることも日常的な光景でした。しかし60年代に入るとトラック便が進出し、対応策として国鉄(現JR)は鮮魚専用高速冷蔵貨車等を送り出しますが、トラック便の増加という時代の趨勢に勝てず、1987(昭和62)年1月31日をもって廃線となりました。最終便は午前2時52分でした。
上の写真は、築地市場線の廃線跡を、新大橋通から国鉄踏切警報機方向をみた写真です。廃線跡は、現在の新大橋通から築地浜離宮ビル、朝日ホールの南側を通り、新尾張橋を渡り、国鉄警報機に至る幅の狭い通りになります。
上の写真は、銀座8丁目21番1号先にある「国鉄踏切警報機(浜離宮前踏切)」とその説明文です。廃線跡の当時の面影を残す線路等は撤去され残っていませんが、唯一当時の汐留川の東岸を走る道路の踏切として「国鉄踏切警報機」が当時の状態で残っています。汐留駅は2003(平成15年)以降、電通本社ビル(カレッタ汐留)や日本テレビタワーなどの高層ビルが立ち並ぶ「汐留サイト」に姿を変え、汐留川や築地川も高速道路等に変貌し、昔の面影はほとんどなくなりました。また築地市場も再開発が進んでいます。これから未来の中央区がどのように変貌していくのか見守りたいと思います。
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