枇杷葉湯で暑気払い
『江戸名所図 金六町しがらき茶店』国立国会図書館デジタルコレクション
現在の銀座8丁目にあった金六町のしがらき茶屋を描いた絵です。
金六町の名前はこの地を拝領した芝田金六からきています。芝田金六とは大坂冬の陣・夏の陣で家康に従って人足の差配役を勤め、褒美として金六町を拝領した人です。
しがらき茶屋はその金六町にあった待合茶屋で、店先に茶釜を掛け、商人の寄り合いや、開帳の出迎などに多く利用されました。この近辺には待合茶屋が多くありましたが、しがらき茶屋は特に繁栄を極めていたそうです。確かに、この絵からも賑わいが伝わってきます。
さて、この絵の季節はいつでしょうか? 答えは夏です。なぜ夏とわかるのか見てみましょう。
枇杷葉湯売り
絵の左端の人物を拡大しました。丸に烏のマーク、枇杷葉湯と書いた箱があります。見切れていますが棒の両端にこの箱がついていて担いで移動できるようになっています。
『四時交加』国立国会図書館デジタルコレクション
こちらの絵の方が枇杷葉湯売りの全体像がよくわかります。
この本『四時交加(しじのゆきかい)』は北尾重政 画 山東京伝 著の江戸の町を行き交う人々の様子を四季(月)ごとに描いた絵本です。話が脱線しますが、この本の中で山東京伝は思いのままに書いたという意味で「漫画」という言葉を使っています。「漫画」という言葉が使われた初めての本ともいわれています。今回は「枇杷葉湯」の話なので枇杷葉湯売りの姿をクローズアップしましたが月ごとに道行く色々な人が描かれているので絵を見ているだけでも楽しい本です。
『四時交加』では枇杷葉湯売りは六月のページに描かれています。
江戸中期の儒学者でもあり医師でもある佐藤成裕の全18巻もある大作の随筆集『中陵漫録』にも枇杷葉湯について書かれています。
それには、「毎年六月朔日より八月十五日まで」となっています。
『四時交加』『中陵漫録』から「枇杷葉湯」は夏に売られていたものであることがわかります。
したがって『江戸名所図会』の「金六町しがらき茶屋」の絵は夏であるといえます。
枇杷葉湯はどんなもの?
『近世流行商人狂哥絵図』国立国会図書館デジタルコレクション
これは曲亭馬琴が行商人の姿や売り声、それに合った狂歌を記した本です。
枇杷葉湯売りの売り声がこの絵に書いてあります。「本家ーー烏丸 枇杷葉湯ーー 第一暑気払いと霍乱 毎年五月節句よりご披露仕ります 煎薬は代物に及ばず 平ら一面にお振舞いもうします 半包は二十四文 一包は四十八銅 御用ならお求めなさい 烏丸 枇杷葉湯でござい」というようです。節をつけて歌うように言いながら客寄せをしていたのでしょう。
(注:前段落で『中陵漫録』に枇杷葉湯は「六月朔日から八月十五日まで」となっているとご紹介しましたが、こちらの『近世流行商人狂哥絵図』では「五月節句」よりとなっています。この約1か月の誤差については理由はわかりませんでした。地域差あるいは年代差かもしれません)
枇杷葉湯とは枇杷の葉の裏側にある細かい毛をきれいに取り、呉茱萸(ごしゅゆ)木香、霍香、甘草、莪朮(がじゅつ)を細末にしたものを白湯に入れて作ります。呉茱萸や莪朮は健胃作用のある生薬です。
2つ上の『四時交加』の絵で箱の中にやかんとその下に湯を沸かすための道具があるのが見えます。やかんのお湯でいれた枇杷葉湯を誰にでも試飲させてくれます。
暑さ負けや霍乱(読みは「かくらん」熱中症や胃腸炎のこと)に効くそうです。
試飲して気に入ったら、煎じて飲む用に細かく刻まれている枇杷葉湯をお買い上げ。
上の『近世流行商人狂哥絵図』の青い着物のお客さんのセリフは「これで気がはっきりとなった 一服くんねえ 買っていって かかあに飲ましょう」となっています。奥さんにお土産に買って帰るのですね。きっと喜んでもらえるでしょう。これで一家が健康で夏を乗り切れるといいですね。
もう一人の白い模様の着物で尻っぱしょりした男性は足元にあるマクワウリの行商人かもしれません。「さあ茶碗をかえします ありがた ありがた ありがた」と言っています。マクワウリも暑い夏にみんなの喉をうるおすものです。マクワウリ売りが熱中症で倒れていては商売になりません。枇杷葉湯試飲でまた元気に歩き出せたかもしれませんね。
しがらき茶屋と枇杷葉湯売り
大阪出身で関西と江戸の両方の風俗に詳しい喜多川守貞が庶民の暮らしや風俗を記した『守貞謾稿』にも枇杷葉湯売りについての解説が載っています。
京都烏丸の薬店が本店。三都(京都、大阪、江戸)みな枇杷葉湯と称し、扮装も同じ。ただし、京阪は巡り売るを専らとし、江戸は橋上などに担ひ筥(はこ)を置いて売る。
となっています。京阪では行商のイメージ通りの売り歩くという売り方で江戸では一か所に担い筥を置いてお客さんが寄ってくるという売り方だったことがわかります。
お客のいそうなところあちこちに移動するより場所を固定して売るという事は人の集まるところ、しかもその場所にとどまっても誰にも文句を言われない場所を見つけなくてはならないということになります。
冒頭の名所図会の枇杷葉湯売りが商売道具をしがらき茶屋のすぐ前の路上に置いているところに、茶屋の客と思われる縁台に座った脇差の人物が枇杷葉湯をもらおうと声をかけているように見えます。これは……枇杷葉湯売りにとっては願ったりかなったりですね。しかし、しがらき茶屋にとってはどうなんでしょうか。お客をとられてることにはならないのでしょうか?
しがらき茶屋はお茶を売りますが基本的には待ち合わせや会合に使う待合茶屋なので店先で試飲と生薬の販売をされたところで茶屋のイメージダウンになったり商売の邪魔になることはなかったのかもしれません。あるいは他になにかしら利益があったのでしょうか。そこまでは調べられませんでした。色々想像は膨らみます。
しがらき茶屋跡
新橋のドン・キホーテ銀座そばの公衆トイレ脇の植え込みの中に「信楽茶屋跡」の説明板があります。
写真は6月に撮ったものですが元気なツツジの植栽が生い茂りかきわけないと読めません。
これと並んで下の「三十間堀跡」の説明板があり、その足元に「三十間堀の石と旧料亭蜂龍の石」が残されています。
↑ 三十間堀跡説明板
↑ 「三十間堀の石と旧料亭蜂龍の石」 上の二つの看板の足元にあります
【アクセス】
銀座線 新橋駅 1番出口 徒歩3分
【参考文献】
『近世風俗志 守貞謾稿』 岩波文庫
『日本随筆大成 第3期3巻』(中陵漫録) 吉川弘文館
『中央区史(上)』東京都中央区編 国立国会図書館デジタルコレクション
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