三代豊国は白玉が好き?
広重、豊国『当盛六花撰 紫陽花』国立国会図書館デジタルコレクション
猛暑がつづいておりますがいかがおすごしですか?夏バテで冷たくてのど越しの良いものだったら食べられそうという方も多いのではないでしょうか。今回はおうちでも作れる江戸時代の夏のおやつのお話をします。
上の浮世絵は歌川広重が背景の花を描き、三代目豊国(歌川国貞)が人物を描いた合作です。当時は広重、三代目豊国に国芳を含め「豊国にかお、国芳むしや、広重めいしょ」(豊国は似顔絵、国芳は武者絵、広重は名所)といわれそれぞれの長所を生かし人気の絵師でした。そのうちの二人の競演は豪華ですね。
背景の花は「紫陽花」。六花撰なので他に5作品あります。「牽牛花」「秋海棠」「菖蒲」「芙蓉」「百合」です。ちなみに「牽牛花」は朝顔です。七夕にちなんだきれいな名前ですね。どれも夏から秋にかけて咲く花。どの絵にも浴衣を着た二人の人物(役者)が描かれています。また1人1つずつ小物を持っています。この「紫陽花」では一人が紫色の粋な扇子でもう一人が持っている青い絵付けの器には白玉が入っています。白玉は江戸時代に涼をとれる冷たい夏のおやつでした。
白玉売り
『守貞謾稿』国立国会図書館デジタルコレクション
『守貞謾稿』(1837年から30年間の風俗を記したもの)には白玉売りについて書かれています。要約すると「米粉をさらして作った寒晒粉を水で練り湯で煮たものを白玉という。白糖をかけて食べる。あるいは冷水にこれを入れる。また汁粉に入れたりもする。しかし路上で売っているものは冷水を用い、夏に売る。昔は白いものだけだったが今は紅を入れて斑玉にするものもある。値段は100個24文」上の挿絵真ん中の白玉と書かれている桶が路上で売り歩くときに使った桶になります。
『江戸府内本風俗往来』(江戸後期)にも白玉水うりとして記録されています。「ひぁら ひぁこぃ ひぁら ひぁこぃ」と呼びつつ売り歩いていたそうです。またこの頃は白玉売りの定店もあり店先に腰掛けを置き葭の日覆いをかけていたようです。
温かい汁粉にすることもあるけれど白玉と言えば冷たい夏のおやつだったようです。
3代豊国の白玉、白玉…
3世歌川豊国『百人一首絵抄 春道列樹』東京都立図書館デジタルアーカイブhttps://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00010308
ここにも三代豊国の白玉が。前出の『守貞謾稿』の白玉売りの桶と形は同じですね。黒く塗られた立派な桶です。『守貞謾稿』の桶よりずっと立派に見えます。日銭で暮らす庶民の白玉売りの扮装を役者さんがするとこのように立派になるのかもしれません。
もうひとつ三代豊国が白玉を描いた浮世絵があります。こちらです。左端に立っている女性が白玉の入った大皿とおそらく砂糖の入った小さな器をお盆に入れて運んでいます。『守貞謾稿』に書いてあった白糖をつけて食べるとうい食べ方がこれかもしれません。果物など夏のごちそうを並べて両国橋を眺めながら隅田川のほとりで夕涼み。楽しそうですね。
3代豊国が白玉を描いた絵が3枚見つかりました。もしかすると豊国は白玉が好きだったのかも?……と私の想像です。
実食
江戸時代の白玉を再現してみました。『守貞謾稿』には「白に紅を交えて斑点にする。」となっています。3代豊国も紅白の白玉です。しかし歌川国芳の「名酒揃 志ら玉」では紅白だけではなく黄色の白玉があります。赤と黄色2色の斑点の白玉を作ってみました。今回は食紅で着色しましたが江戸時代は紅花やクチナシの実をつかったのでしょうか。
ちなみに国芳の「名酒揃 志ら玉」は角が丸く縁どられ女の人の下半身の方も不自然に白く抜けています。これは団扇の骨に貼り付け線の通りに切り取って団扇にするための浮世絵版画だからです。本来なら団扇になるところを何らかの理由で団扇にならず残っていたものが後世までこうして伝わったのです。団扇になって江戸の人に涼を送るのもよかったと思いますがそうなっていたら使い古され無くなってしまい今私たちが見ることができなかったかもしれません。残ってくれてよかったです。この絵の左上に「名酒揃 志ら玉」とあります。これは志ら玉というお酒の宣伝団扇です。お酒の銘柄志ら玉にちなんで白玉の絵が描かれたのでしょう。他の「名酒揃」シリーズには「剣菱」「一文字」「宮戸川」があります。
歌川国芳『金魚づくし・玉や玉や』出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システムhttps://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-5478?locale=ja
冷水に盛り付けると紅の斑点の白玉は歌川国芳の金魚を思い出しました。豊国、広重、国芳のなかで武者絵の国芳と言われましたが可愛い猫や金魚の絵をたくさん残しています。水に揺れる丸い可愛い白玉は国芳の金魚に似ています。もしかすると江戸時代の人も金魚を模して作ったのかもしれません。今だったら白玉あんみつにしたりフルーツポンチに白玉を浮かべて食べることが多いと思います。江戸時代の水に浮かべただけの素朴なおやつ。甘味がついていなくても冷たい水と白玉粉のほんのりと優しい甘味でつるんと美味しくいただきました。
【参考文献】
『近世風俗志(一)(守貞謾稿)』岩波文庫
『江戸府内絵本風俗往来』青蛙選書
『おいしい浮世絵展』図録 森アーツセンターギャラリー