志ん於ほはし
明治45年に架けられた新大橋の深川方の橋名板は、八名川小学校北面に移設保存されています。
新大橋は、元禄6年(1693)に架けられた隅田川三番目の橋です。歌川広重が「名所江戸百景」の一枚「大はしあたけの夕立」で描き、ゴッホに多大な影響を与えたことでも知られていますね。
この辺りは江戸幕府の艦船を格納する御船蔵があり、巨大な御座船の安宅丸が係留されていたことから、「安宅・あたけ」と呼ばれるようになりました。
明治期に交通量の増加に伴い東京市は鋼鉄橋へ架け替える計画を立て、明治45年に竣工。都電が渡河する橋として親しまれました。関東大震災や戦災にも耐えた質実剛健の「新大橋」は、昭和46年に都電路線が廃止され、老朽化のため昭和48年に架け替えが決定され橋名板「志ん於ほはし」は移設保存されました。
日本橋側は楷書で「新大橋」横書きされた橋名板で「中央区立郷土資料館」に保管されています。
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