浮世絵を買いに行こう その②
町で見かけた美人(働く女性)をアイドルに〜寛政の3美人
(上から時計回りに富本豊雛、難波屋おきた、高島屋おひさ。おひさは米沢町、現在の中央区東日本橋出身です)
その歌麿によって描かれた美人画『當時三美人』(通称・寛政の三美人)がこちら。
歌麿が評判や知り合い、見かけた美人の中からピックアップした3人ですが、選ばれたのは豪奢で別世界の吉原遊女ではなく、茶屋娘や唄の師匠など庶民文化のなかの働く女性だったことが話題で、この絵と共に彼女たちも相当の人気になったようです。
取り上げられた茶屋娘の職場(水茶屋)にはお客殺到。キャラ設定的に親近感ありまくりですから、そりゃあ会いに行きたくなりますよね。
3人の年齢も10代半ばから20代後半までバランスよく散らしていて、オールターゲットをカバーしようというプロデューサー的手腕を感じます。今も昔もかわらんなぁ。
それでは3美人をひとりずつ、喜多川歌麿の別シリーズ「高名美人六家撰」より拝見。
一番人気、料理茶屋「難波屋」看板娘・おきた
おきたは歌麿が何度も美人として描き、その美貌は江戸随一とも称された水茶屋の看板娘です。
水茶屋は寺社門前や道筋で湯茶を飲める今でいうカフェですが、アイドル的存在になった美人の看板娘が何人もいたようです。
描かれた当時のおきたは15歳前後らしいですが、この着物だとうつむき加減もあってちょっと大人っぽく見えますか。切長の目がかすかに笑っていて口元から覗く小さな歯が可愛らしく、美しいです。
おきたは客扱いがうまく対応も平等だったそうで、きっと仕事がデキる女性だったのではないかと。この絵をずっとみていると彼女の「シゴデキ感」もほんのり感じられるような気がします
才色兼備の文化人、人気浄瑠璃「富本節」師匠・富本豊雛(とみもととよひな)
富本節は浄瑠璃の一流派で、三味線をバックに旋律やリズムの入った語りで構成される朗読劇と歌の中間のようなもの、といったところでしょうか。
当時、江戸の庶民や武士の間で大流行しており(大河「蔦重」11話にも出てました)、豊雛はその富本節で名の通った太夫(師匠)の一人です。他の二人に比べ年長でもあり、3人の中では知性と美を兼ね備えた「文化人」枠だったのかもしれません。
豊雛はこの絵の中では塵よけの揚帽子をかぶっていて、控えめな髪飾りと花の染めを覗かせる着物で品を、襟元に扇で風を送り暑さをしのぐ仕草で大人の色気を感じさせます。
私的には、かすかに開いた口元が暑さのためなのか節を語るためなのか、歌麿に聞いてみたいところです。
襟元を拡大してみてください↓
色をのせずに摺って模様をみせる「空摺(からずり)」で表現されています。おしゃれ!
中央区代表、煎餅屋&水茶屋「高島屋」看板娘・おひさ
おひさは両国橋西・薬研堀近くの煎餅屋「高島屋」の長女で、同時に経営していた水茶屋の看板娘として働いていたと言われています。
難波屋おきたと並ぶほどの人気と言われ、「愛敬も茶(の香り)もこぼれ、夢心地が醒めない(意訳)」と歌われる熱狂ぶり。
この絵では眉を剃り落としており、江戸後期の風習でおそらく結婚して子供を産んだ後かと。人妻の美人画なんですね。
驚くべきは、燈籠鬢(とうろうびん)と言われるヘアスタイルの左右への張り出しです。
毛筋から向こうがうっすらと透けて見えるという、繊細で妖艶な髪型の特徴が浮世絵でもしっかり描かれており、彫りと摺りの見事な技術は圧巻です。
ここです↓
生え際とかうなじとか、もうお見事!
【特報】おそらく初出です。おひさのいた煎餅屋「高島屋」跡はここ
おひさは早くに亡くなってしまったそうですが、婿をとり2人の子もいたようです。
煎餅屋「高島屋長兵衛」はその後も続いたとの記録があり、調べたところ明治初期の米沢町2丁目地図に「高島長兵衛」の名前を発見しています。狭いエリアでもありおそらくおひさの子孫に違いないと思われます。
関東大震災後の区各整理で道が大きく変わり、難儀しましたが場所の特定に成功。
跡地は現在このような感じです↓
現住所は中央区東日本橋2丁目あたりの柳橋通りに面したマンション。クルマの止まっているちょうどこの角あたりに、おひさの居た煎餅「高島屋」があったと思われます。
ちなみにこの情報はこれまでみたことがないので「初出では?」とちょっと震えています。
只今関係資料の掲載許諾待ちで、許諾が取れしだい詳細記事にします。お楽しみに!
浮世絵に絡んだもう一つの感銘
今回、買い物としての浮世絵選びのはずがいつの間にか江戸後期の文化吟味になってしまいました。浮世絵と江戸文化の奥深さに改めて感銘を受け、驚嘆しています。
そして浮世絵選びにご協力いただいたアダチ版画研究所ですが、実は財団を建てて伝統木版画の技術研究と技術者育成(インターン研修や職人希望者採用など)も長きにわたってされていらっしゃいました。
「決して浮世絵を過去の遺物にしない」想いにも感銘を受けました。
ご興味・関心のある方はぜひこちらへどうぞ。
技術保存財団の賛助会員も募集されています。
公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団
https://foundation.adachi-hanga.com/
浮世絵選びはまだまだ終わりがなく…
先日、葛飾北斎の富嶽三十六景の実物を見たら、あまりの絵のうまさに衝撃を受けてしまって。
再びショールームに行って悩んでいる私が目に浮かびます(苦笑)
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