勝三郎

狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

通し狂言のラストを飾る今回の『義経千本桜』。

私は歌舞伎座に通うようになって、6年ほどが経ちます。たまに妻と一緒に出かけることもありますが、歌舞伎の長いセリフや物語のゆっくりとした進行に、横でうとうとしていることも少なくありません。そんな妻が目を輝かせて見入っていたのが、今回の『義経千本桜』の狐の場面でした。

2020年11月の第4部『義経千本桜 川連法眼館』で演じられた「佐藤忠信、実は源九郎狐」。狐を演じたのは中村獅童。普段は勇ましい武将の姿を見慣れていた獅童が、愛らしい狐に扮したそのギャップと、狐の身振りで舞台を縦横に駆け回る高い身体能力にも二人で驚いたものでした。

松竹創業130周年の大企画

10月の歌舞伎座では、その『義経千本桜』を上演します。

これは、松竹創業130周年を記念し、義太夫狂言(人形浄瑠璃から歌舞伎に移されたドラマチックな作品)の三大名作を、普段は人気のある段(幕)だけを上演するのが通例ですが、今回は最初から最後まで通しで上演する特別な企画です。

3月の『仮名手本忠臣蔵』、9月の『菅原伝授手習鑑』に続く、一挙上演の最後を飾る公演となっています。

主要な登場人物の相関図

主要な登場人物の相関図 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは
 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

各段のあらすじと見どころ

『義経千本桜』は三部構成ですが、筋を一本通して追うのではなく、段ごとに主人公や舞台が変わるのが特徴です。

一見バラバラに見えますが、この作品は、①義経をめぐる忠義と陰謀、②各地に潜む平家の生き残りという二つの軸で展開します。

武将の悲劇や町人の家庭劇、幻想的な狐の舞踊に至るまで幅広い場面があり、物語をつなぐ鍵は「初音の鼓」。その鼓をめぐって人間模様と歴史の悲喜劇が織り込まれ、最後に大きな物語へと結実します。

9月の『菅原伝授手習鑑』が一本の筋を追うドラマであったのに対し、『義経千本桜』は短編集のような趣き。各段で異なる味わいを楽しめるのも魅力です。

第一部

第一部 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

見どころ 〜渡海屋銀平実は平知盛

見どころ 〜渡海屋銀平実は平知盛 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

見どころは、渡海屋の主人・銀平が実は平知盛であることが明かされる瞬間です。義経一行に親切にふるまう庶民的な表情から、武将としての気迫に変わる瞬間は、観客に強い印象を与えます。

さらに、青い隈取や血まみれの衣裳、荒事を駆使した演出で舞台は圧巻の迫力。

最期に碇を背負い海に入水する知盛の姿には、平家の誇りと悲哀が凝縮され、役者の演技力が光ります。

今回はAプログラムで中村隼人、Bプログラムで坂東巳之助が勤めます。Aプログラムには巳之助の長男、緒兜(おと)くんが安徳帝役で初お目見えします。

第二部

第二部 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

見どころ 〜いがみの権太

見どころ 〜いがみの権太 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

見どころは、勘当された、ならず者の権太が、親孝行のために自分の妻子を犠牲にしたことが明らかになる場面。

父弥左衛門はかつて平重盛から恩義を受け、その子・維盛を匿っており、それを助けようとしたのでした。

歌舞伎では、このような悪人と思われた人物が最後に善人であることが明かされる劇的な転回を「モドリ」と呼びます。

権太の行動は一見不自然に見えますが、演劇評論家・宮辻政夫著『仁左衛門花実抄』(20255月刊)では、「忌の際で『おやっさん、おやっさん』と呼ぶことと合わせて、両親、特に父親に褒められたかったのだ」と解説され、権太の行動の裏にある幼さと親への思いが理解できます。

いがみの権太は片岡仁左衛門の当たり役。今回はBプログラム(1012日〜21日 第二部)での出演となります。

第三部

第三部 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

見どころ 〜佐藤忠信実は源九郎狐

見どころ 〜佐藤忠信実は源九郎狐 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

「初音の鼓」は、その昔、干ばつを救う雨ごいのため、千年狐の夫婦が犠牲になって作られたものでした。

狐の正体は、その鼓の皮となった親狐を慕って現れた子狐(源九郎狐)でした。子狐は鼓を持つ静御前に仕え、義経はこれまで静御前を守ってきた功績により、この鼓を狐に与えました。その喜びようはこの上もありません。

狐の情の深さが人間以上に描かれ、変化(へんげ)や舞踊による幻想的な舞台が展開します。

源九郎狐には市川猿翁系の動きを重視したスピード感あふれるアクロバティックな型と、尾上菊五郎系の感情表現豊かで狐の悲哀や心情を繊細ににじませる型があると言われます。

今回、この役を初めて勤める市川團子は猿翁を祖父に持つ血筋。まだ21歳の彼がこれから何度も勤めるであろう大役です。若さあふれる源九郎狐に期待が高まります。

家系図(今回出演者を中心に)

家系図(今回出演者を中心に)
 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは
 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは
 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは
 狐忠信の魅力を体感─10月の歌舞伎座
『義経千本桜』通し上演の見どころとは

三大名作のフィナーレにふさわしい

松竹創業130周年を記念した三大名作上演のフィナーレを飾る『義経千本桜』は、歴史劇の重厚さ、町人ものの人情、幻想的な舞踊をあわせもつ大作です。

知盛の誇り高き最期、権太の親子のドラマ、狐忠信の幻想美はいずれも人間の普遍的な感情を映し出しています。この作品には分かりやすい感動があり、初めての方にもおすすめです。

伝統を受け継ぐ俳優たちが熱演する歌舞伎の舞台の、生の魅力に触れてみてはいかがでしょうか。

 

 

【浮世絵の出典】

作品名:「義経千本桜」

役者名 :「新中納言知盛 市川団十郎」「相模五郎 尾上菊五郎」「典侍の局 中村福助」

作 者:豊原国周 (制作年:1888)

情報源:東京都立図書館

 

作品名:「義経千本桜」「権太坂」「いがみ」

作 者:歌川国貞 (制作年:1852)

情報源:東京都立図書館

 

作品名:「義経千本桜 源九郎狐」 

役 名 : 静御前(4代)尾上菊五郎、源九郎狐(1代)中村福助

作 者 : 歌川国貞(1世)(出版年: 1859

請 求 : M142-22-1/M142-022-001 コード4300630699

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