新春の到来を感じる時 ~箱根駅伝~
※ 新年を迎える松飾り 日本橋三越本店にて
正月三が日は、駅伝三昧で過ごしました。
入れ替わり孫たちが訪れる時も、トランプ大会に興じている時も、テレビ中継を流し続けます。
鍛え上げた体躯と精神で、ゴールに向けて襷をつなぐチームの総合力が、画面を通してビンビン伝わってきます。
年明けから繰り広げられる高速レース、区間新記録が次々に塗り替えられる展開に、堪らず今年も、箱根駅伝アンカーが最後の力を振り絞る10区に向かいました。
※ 読売新聞社屋前に立つ箱根駅伝「絆」のブロンズ像、制作は彫刻家の松田光司氏
歌人は詠い上げました。
「元旦の朝、晴れて風無し」
陽光が降り注ぐ東京の朝空を見れば、「今年は良い事あるごとし」との予感が湧き上がります。
箱根駅伝のPRは、かなり前から行われます。
昨年10月に行われた予選会の激闘を経て、出場が確定した大学の襷は、主要駅のコンコースに飾られました。
(もちろんレプリカですが)
電車の中吊り広告にも掲示されました。
新聞の一面にも差し込まれました。
我が家の応援は、実に多様。
母校やご近所にある学校だけでなく、監督やコーチ・選手を知っているから、同郷出身だから、選手がシュッとしていてカッコいいから、などなど。
こうして増やしていくと、ほとんどの大学を応援できてしまいます。
まずは、大手町ゴールの大型ビジョンを目指します。
ゴール周辺は、多くの駅伝ファンが道路に沿って選手の到着を待っています。
大型ビジョン前は、思いのほかスペースがありました。
中継をしっかり見て、レースの進捗状況を把握します。
スマホやタブレットで観戦する方もいますが、やはり大画面の迫力にはかないません。
充電を気にする必要もありません。
駅伝10区の楽しみ方の一つは、移動しながらの応援。
注意が必要なのは、ゴール地点の観客はとても多く大変混雑します。
周辺の道路は一方通行の規制がなされたり、地下鉄の出入り口が臨時封鎖されたりします。
規制の無い道を遠回りし、地下道を効率よく活用して、流れに逆らわずに進みます。
この辺の回り道は任せておいて。
中学時代、駅伝でアンカーを担いました。
バイクで伴走していた監督が、時々後方を振り返りながら不審な表情をするのです。
カーブで後ろに目をやると、自転車で付いてくる男がいました。
ゴールに飛び込んだ後、倒れたまま荒い息をしていた私に、
「おい、大丈夫か」
顔をのぞき込んだのは、父でした。
父は仕事で、ほとんど学校の行事に来ることはありません。
今回は、気づかれないつもりで自転車で追いかけてきたようです。
監督の気合の入った掛け声に、ドキドキしながらついてきたとか。
笑ってしまいました。
復路10区は日本橋を通ります。
橋の道路中央に埋め込まれているのが、「日本国道路元標」
この日本橋を通ることで、駅伝の華がさらに鮮やかになります。
集まってきた同窓の方々と話をしながら選手を待つのも楽しいものです。
移動しながら、各校応援団の演舞を楽しむのも一興。
都会ならではの、応援の響きがビルにこだまします。
※ 日本橋北口の大カーブ。応援の人もあふれるようです。
今年も、シード権争いは熾烈でした。
ZARDの「負けないで」を歌っていた応援部・チェア部がいました。
「負けないで もう少し 最後まで走り抜けて ♫」
そのまま真っすぐに選手に向けた、祈りが込められた応援の歌なのでしょう。
京橋に近づけば、東京農大の太鼓の音が、周囲を圧倒していました。
OG・OBの方々が、大根の人形を手に、熱く応援歌を歌っていました。
走る選手にも、確かにエールは届いたはずです。
選手たちの力走する写真がない?
目の前を疾駆する選手に声援と拍手を送ることで手いっぱいで、シャッターを切ることができませんでした。
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