地震とラジオ
『84.0MHz』覚えてね
1995年1月17日。
その日は3連休明けの火曜日でした。
前日の晩、私はどうしても会社に行く気になれず困っていました。
理由はわかりません。
入社1年目。
正月が明け、神戸での慣れない一人暮らしに再び戻って実家が恋しくなったのか。
正月・3連休と続いた休みに心が怠けてしまったのか。
厳しい先輩、上司に怒られるが怖くて、自分自身を叱咤しながらワイシャツにアイロンをかけ、靴を磨き、すぐに食べられるよう朝食とコーヒーをセットして布団のなかへ入りました。
朝起きればそのまま気持ちよく会社に出かけられるはず、と健気に考えながら眠りに落ちていったことを覚えています。
早朝5時46分、信じがたい大きな揺れ。
阪神・淡路大震災発生でした。
銀座の数寄屋橋交差点、数寄屋橋交番の後ろにある「関東大震災10周年記念塔・燈臺(とうだい)」
1923年にあった関東大震災の犠牲を忍び、惨害を繰り返さぬよう注意を喚起する記録です。
平和の神が立ち、「不意の地震に不断の用意」と足元の台座に銘が打たれています。
揺れが一旦止まると、飛び起きて火の元を確認。大丈夫。
電気が止まっている。電話は不通。家の中メチャクチャ。
朝食とコーヒーはどこかに消えていました。
窓の外を見ました。周囲の建物は無事。
でも南の商店街の裏手では、すでに火の手が上がっていました。
そのあとは、悲しい光景が沢山ありました。
近くで高速道路が倒れていたと知ったのは、だいぶ後です。
近くにいた会社の同僚たちが
被害の一番軽微だった私の部屋にあつまり
その日の晩を過ごすことになりました。
夜になると昼間の光景が私たちの心をどんどん削ってくるのがわかりました。
暗闇の中で余震は絶え間なく続き、同僚との会話もなくなっていきます。
ただ一つ、誰かが持ち込んだラジオだけが、音と光を出していました。
「ここ、六甲小学校では避難されている方々が集まっています。毛布もあります」
「現在こちらでは、並んではいますがトイレが使えます」
「まだ電気は復活していません。ただ怪我人の方、こちらの中学校に来てください」
その時、私たちを支えてくれたのは名も知らない地元のFM局でした。
「私は西宮から歩いて、先ほど三宮に着きました。西宮までは電気が復活しています」
誰だかもわからない現地レポーターが、すぐ近所の情報をリアルタイムで報告してくれるのが
どれほどありがたかったか。
大変だけど、みんな頑張ってる。
よし、きっとこれから助かるぞ。
あのFM局に勇気をもらった。あの時チューニングできてよかった。
どの局だったのか、覚えていないのは残念だけど。
ラジオがあってよかった。
中央エフエム(84.0MHz、通称 Radio City)は中央区のローカルFM局です。
パーソナリティのJUMIさんを中心に、普段は番組「ハロー・ラジオシティ」や土木好きの番組「ドボラジ」(これおもしろいです)などいろいろな番組をオンエアしています。
中央区観光特派員が出演して中央区のネタを紹介する「大好き中央区」もありますね。
(radikoアプリではなく、スマホやPCでブラウザから直接聴けるのでぜひアクセスしてみてください)
そして、あまり知られてはいませんが実は局のミッションとして
「災害発生またはその恐れがある場合の情報放送」
があります。
昨年、JUMIさんとお会いしてお話を伺った際に初めてそのことを知りました。
「もし万が一災害が発生した時に、その場の情報をラジオに提供してくれる人たちが大切なんです。そのネットワークを地道に作っているんですよ」
「84.0MHzだけでも、覚えておいて欲しい」
30年前のことが一気にフラッシュバックしました。
次は私の恩返しの番かな。
でも、どうかそんな日が来ませんように。
楽しいラジオがずっと続きますように。
東京都中央区京橋3-1-1 東京スクエアガーデンB1F
中には入れませんが、スタジオ収録の様子はスクエアガーデンの地下広場から覗けますよ
関東大震災10周年記念塔・燈臺(とうだい)
東京都中央区銀座4丁目1−2 数寄屋橋公園内
長崎にある「平和祈念像」作者・北村西望による彫刻。
足元には、ちょっと読みづらいですが設置の経緯や関東大震災についてのプレートもあります。
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