パンちゃん

かつて銭湯があった場所 その7

今回は東日本橋1丁目に昭和63年まで営業していたほまれ湯さんの跡地です。現在ユモトビルとなっています。ユモトはビルのオーナーである油本(あぶらもと)さんの名前を音読みした読み方です。

 かつて銭湯があった場所 その7

撮影した時は隣にあったビルが解体されていたので、入り口からビル本体への通路がはっきりと分かります。

 かつて銭湯があった場所 その7
油本さんは中央区ではこのほまれ湯さんと日本橋堀留町1丁目に瓢箪湯さんがありました。中央区以外には大田区や葛飾区などに銭湯を持っていました。
このほまれ湯さんが油本さんがやっていた銭湯の本店機能を持っていて、無尽の会の25日会が行われていました。無尽の会とは所属している人たちが毎月決まった日(ここでは毎月25日)に集まってお金を出しあい、誰にお金を貸し出すのかなどを決めていました。ここで集めたお金を集金していたのが東浴信用組合の外交員です。ちなみに会員が多かった澤の会(20日会)は東浴信用組合の役員が集金していました。
父親が25日会に所属していた荒川区日暮里にある齋藤湯さんから話が聞けました。上記以外に12月はクリスマスだったため、無尽の会でもらったお金でクリスマスプレゼントを買ってもらったそうです。また油本さんと齋藤湯さんの父親は大変仲が良く、齋藤湯さんが荒川区でやっていたほまれ湯さんの屋号を油本さんが同じ屋号を使いたいと言った時に許可を出しました。ほまれ湯さんの屋号の話は日本橋人形町にある世界湯さんでも確認しました。
ほまれ湯さんが辞めたのは油本さんが亡くなったからです。人形町にあった世界湯さんを子供達が経営していたのは父親が銭湯を経営していたのでお願いされてお店をやっていました。
油本さんが北陸三県のいずれの出身かはっきりしませんが、油本さんが富山県出身であれば地域の繋がりが銭湯経営に繋がったことが分かります。