「八月納涼歌舞伎」第三部は
中村屋そろい踏みと坂東玉三郎珠玉の舞
八月歌舞伎座第三部は、「納涼歌舞伎」にふさわしい真夏に涼を呼び込むプログラムとなっており、勤め帰りの方でも観劇しやすく19時からの開始となっています。
『舞鶴雪月花(ぶかくせつげつか)』
『舞鶴雪月花』は、お芝居ではなく舞踊を鑑賞する作品です。
昭和39年(1964年)、17世中村勘三郎のために書き下ろされた、中村屋を代表する舞踊の一つです。今回は、その孫である中村勘九郎・七之助兄弟と、曾孫の勘太郎・長三郎兄弟が舞台を務めます。
「雪月花」とは、本来、自然の美を象徴する「雪・月・花」を表す言葉です。この作品では、その美をさらに発展させ、春は「さくら」、秋は「松虫」、冬は「雪達磨」という三つの場面で、日本の四季の情趣を描いています。
花=春「さくら」
満開のしだれ桜の下に現れた桜の精が、都の春を優雅に舞います。
満開の桜を愛でながら、しなやかに舞い続け、やがて霞の中へ消えていく姿は、女方ならではの気品と美しさに満ちています。満開の桜吹雪のような華やかさと、春の生命力が見どころです。
月=秋「松虫」
舞台は一転して、秋のすすき野。
月が草花を照らすなか、親とはぐれた松虫の子が、懸命に鳴きながら親を探しています。そこへ我が子を探す親松虫も現れ、親子の情愛が静かに描かれます。
秋のもの悲しさと、虫の世界に人間の心情を重ね合わせた叙情豊かな舞踊であることが、この場面の大きな魅力です。
雪=冬「雪達磨」
最後は、雪だるまが炭屋の娘に恋をするという、ユーモラスで愛らしい物語です。
雪だるまは、恋をすればするほど体が熱くなり、やがて溶けてしまう運命にあります。一心にお経を唱えますが、効果はありません。
「恋を成就させたい。でも恋をすると自分は消えてしまう。」そんな切なさと滑稽さが同居する歌舞伎らしい味わいの場面です。
「変化舞踊」の魅力
この作品は、「変化舞踊(へんげもの)」と呼ばれる作品です。
本来は、一人の役者が、桜の精(女性)、松虫(昆虫)、雪達磨(人形)という、まったく異なる三つの役を踊り分ける趣向になっています。2年前の上演では、中村勘九郎が一人で三役を勤め、その幅広い芸を披露しました。
今回は、その趣向を変え、優美な桜の精を七之助が、親子の松虫を勘太郎・長三郎兄弟が、そして雪達磨を勘九郎が演じます。それぞれの個性を生かした配役となっており、中村屋三世代による競演という点も大きな見どころです。
とりわけ最後の「雪達磨」は、中村屋らしい明るさと人情味にあふれた名場面です。客席を笑わせながら、最後には思わず胸が熱くなる――そんな温かな余韻が残る舞台です。
地唄舞(じうたまい)『雪』『残月』
冬の夜に静かに降り積もる雪を描いた『雪』。月が雲間に見え隠れしながら沈んでいく情景と、人生の儚さを描いた『残月』。
地唄舞というと、京都の花街で舞妓さんや芸妓さんが座敷で優雅に舞う姿を思い浮かべていただくと、イメージしやすいでしょう。
その地唄舞を、日本を代表する舞踊家である人間国宝・坂東玉三郎が舞う、大変貴重な舞台です。
地唄舞とは
地唄舞は京都などを中心に発展した古典舞踊で、三味線音楽である「地唄」に合わせて舞います。
歌舞伎舞踊のように華やかな動きで物語を見せるのではなく、静かで繊細な所作によって、人物の心情や季節の移ろい、美しい余韻を表現するのが特徴です。
例えば、ゆっくり歩く、わずかに目線を動かす、扇子を静かに開く、袖をそっと扱う――そんな小さな動きの積み重ねが、深い感情を伝えます。
『雪』
『雪』は1780年代に作られた地唄の名作で、大阪に実在した芸妓・宗関(そうせき)の、美しくも哀しい心情を描いた作品です。
かつて人気芸妓だった女性は、今では尼となっています。雪の降る夜、一人静かに過ごしながら、恋人を待ち続けた若き日の一夜を思い出します。
遠くから聞こえる寺の鐘に寂しさを覚え、夜更けに響く足音を恋人が訪ねてきたものと思い込む――。記憶は次第に鮮明になり、忘れようとしても断ち切ることのできない恋心が、静かに浮かび上がってきます。
『残月』
『残月』は、『雪』と同じ峰崎勾当(みねざきこうとう)の作曲による作品です。若くして亡くなった愛弟子を悼んで作曲したと伝えられ、題名も弟子の戒名に由来するとされています。
舞台ではまず、海辺の松の葉に隠れた月が、そのまま海へ沈んでいく幻想的な風景が描かれます。その静寂の中に、一人の人影が現れます。それは若くして亡くなった女性なのでしょうか。それとも、その死を悼む人なのでしょうか。
亡き人が月に住むという歌詞に合わせた舞の後、曲は三味線だけによる美しい演奏へと移ります。静かに流れる音楽の中で、尽きることのない悲しみと、命の儚さが表現されます。
洗練された旋律とともに深い哀しみがにじみ出る、まさに珠玉の舞です。
鑑賞のポイント
『雪』も『残月』も、「出来事」を見せる作品ではありません。主人公の「記憶」と「心の動き」を舞う作品です。『雪』は過去の恋を思い返す記憶、『残月』は亡き人を悼む記憶を描いています。
舞台で何が起きているかを追うよりも、一人の人物の心に流れる時間や感情の変化を味わうことが、この作品を楽しむ一番のポイントです。
坂東玉三郎は、この作品の見方について問われた際、「ぼうっと見ていいのではないでしょうか(笑)」と語っています。さらに、「まずは音楽と見た目で、感じるままに世界へ入っていただければ」と述べ、「舞踊は何より音楽が大事です。今回も音楽がとても良いので、皆様に楽しんでいただけると思います」と、音楽を感じながら自然に作品に身を委ねる楽しみ方を勧めています。
※歌舞伎座には、多くの外国の方が観劇に来られています。今回の舞踊中心の演目は、外国の方には分かりにくいのではないかと思い、別に英語で第三部の解説を作成しました。
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