「今川小路」の赤い文字が語りかけること

どうも、です。

東京駅と神田駅間の高架下、千代田区と中央区の境には「今川小路」と呼ばれる飲み屋街がありました。

小規模な飲食店が立ち並ぶガード下の風景は、平成29年(2017年)頃から本格的な解体が始まり、現在ではその面影はほとんど残っていません。

そんな中、ここが「今川小路」であったことを示す、ほぼ唯一の「証」が残っています。

 「今川小路」の赤い文字が語りかけること

それが、白旗橋ガード下の資材置き場に貼り付けられている「今川小路」の文字です。

この赤い文字、観察してみるとあまり他では見ないような独特のフォントで構成されているのがわかります。

しかも、わざわざ一文字ずつをパネルに描き、それをテープで貼り付けているんです。

何かここに今川小路があったことを意地でも知らしめたいという「執念」のようなものを感じたのは、私だけでしょうか。

この「文字」に秘められた得体の知れない”何か”を、深堀りして調べてみることにしました。

 「今川小路」の赤い文字が語りかけること

今川小路は昭和25年(1950年)、竜閑川を埋め立てた上に露天商が店舗兼住宅を構えたことに始まります。

『男はつらいよ』のマドンナ役としても知られる、女優の浅丘ルリ子さんが幼少期を過ごしていたことでも知られ、最盛期には16軒ほどの飲食店が軒を連ねていたといいます。

ここに掲載したのは、平成23年(2011年)頃の今川小路西側の様子が分かる写真(Wikimedia Commonsより)です。

「大松」「耕」「里」といった昔ながらの小料理屋・居酒屋が並んでいるのがわかりますが、新幹線やJR路線の乗り入れ工事になどの影響もあり、このときには店舗数は最盛期の半分ほどまで減っていました。

そして、注目すべきは入口にそびえ立つ「今川小路」の看板

赤い文字で筆を走らせたようなタッチで描かれていて、現在ガード下に残っている文字と似た雰囲気を持っています。

しかし、同一のものという訳ではなさそうです。

そして、2009年12月のGoogleのストリートビューを眺めていたら見つけました(Googleストリートビューへのリンクを貼り付けていますので、是非参照してみてください)。

少し見づらいかもしれませんが、ガードの東側の工事柵にもたれ掛かるように、赤い文字で「今川小路」と掲げられています。

平成20年(2008年)頃から始まった上野東京ラインの工事によって、東側にあった建物は既に取り壊されています。

この工事により道の幅員が狭まっていることもあり、パネルがなければ奥に飲み屋街が残っているとは気づかないかもしれません。

おそらく、訪れる飲み屋の客に向けた案内として、今川小路を象徴するあの看板に似せたフォントのパネルを設置したものだろうと推測されます。

この数年後に、ガード下の店舗は完全に姿を消すことになりますが、この地に息づいた飲み屋街の雰囲気を忘れないようにという意味で、工事時に掲げていたパネルを資材置き場に付け直したということなのでしょう。

 「今川小路」の赤い文字が語りかけること

最後まで店舗が残っていた西側からの現在の様子です。

往時の姿を想像するのは難しいですが、高架下の薄暗い雰囲気と、頭上を車両が通り過ぎるときのけたたましい車輪の音は今でも健在です。

この周辺でも新しい建物が続々と建っていて、常に景色が変わっています。

当時の姿を知っている方もそうでない方も、少し立ち止まってみて、かつての喧騒を想像してみるのもいいかもしれません。