クリスマスに怪談はいかが?
~のっぺらぼうから菖蒲魚まで~
こんにちは。アクティブ特派員のHanes(ハネス)です。
日本で怪談というと夏のイメージがありますが、英国で怪談というとクリスマス!
英国にクリスマスが定着するヴィクトリア朝以前からあるこの伝統は、冬(1年の終わり)から死や再生を連想して生まれたものだと言われています(※諸説あり)。
今年のクリスマスにはそのような伝統に便乗し、あまり知られていない中央区の怪談にふれてみませんか?
ますます寒くならないよう、読み進める前には、暖房、ストーブ、暖炉、毛布、カイロなどの準備を忘れずに!
そもそも妖怪とは?
急に背筋がぞっとする話に入る前に、簡単なウォーミングアップならぬクーリングダウン。
そもそも、日本において妖怪はどのように扱われ、現代ではどのように親しまれているのでしょうか?
時代を遡ると、『日本書紀』や『源氏物語』、絵巻などに妖怪や怪異の描写が確認できます。
しかし、鬼、神、怨霊、魑魅魍魎と言われていたものを「妖怪」に統合し、名前をつけて楽しむようになったのは江戸時代だと言うのです!(心の声「もっと前だと思ってた!」)
さらに、有名であっても未だに名前のない妖怪がたくさんいるのです。
その一方、今年は新型コロナウイルス感染症の流行により、疫病退散祈願として江戸時代の妖怪「アマビエ」をよく目にしましたね。
厚生労働省の啓発アイコンに抜擢され、商品化され、お菓子になり、ドラマに登場し、さらには流行語大賞トップ10入りと大活躍!
妖怪というとお化け屋敷に出てくる恐ろしいイメージを抱きがちですが、必ずしも人間に害を与える妖怪ばかりとは限らないというのをアマビエのおかげで知ることができました。
そのような背景を念頭に置きながら、中央区全域に残る怪談を1つずつ見ていきたいと思います。
日本橋小伝馬町・日本橋大伝馬町編
まずは、牢屋敷や処刑場のあった伝馬町から!
伝馬町で芝居の座元をしている男が、仲間との船遊び中に突然姿を消した。翌日、仲間がこの怪事を知らせに家を訪ねると、男の妻は「夫は今朝戻った」という。だが妻が2階に呼びに行くと、男の姿はない。「帰った時、夫は”私が死んだらお前は再婚しなさい”と言っていた」という妻が、夫に口止めされていた話を切り出した途端、「どすん!」と誰もいないはずの2階で大きな物音がした。(寛政8年『耳袋』巻之四)
大伝馬町のキセル屋・升屋の娘は無筆で読み書きができなかったが、突然「南無阿弥陀仏」の六字名号を書き、悪霊払いで知られた100年前の僧・祐天と名乗った。だが、娘を問い詰めたところ、名号を書いたのは祐天に化けた狸だった。正気に戻った娘は名号を書いたことも覚えていなかったという。(文政3年『兎園小説』)
得体のしれない妖怪に狸の仕業、恐ろしさから言ったらこれはまだ序の口にすぎません。
八丁堀・茅場町編
次は南八丁堀に残る怪談です。
ある日釣舟屋の清次がキスを釣っているところに貧乏神が現れた。キスをあげると「釣舟清次」と掲げた家には入らないようにしてやるという。同じ長屋で疫病にかかっていた家に張り出すと病が治り、清次のもとには疫病除けを求める人が詰めかけた。あまりの騒ぎに奉行所に取り調べの始末書をとられた。(寛政2年『半日閑話』)
貧乏神が言う通りに「釣舟清次」の守札を掲げた家は疫病から守られたというこのエピソード、アマビエのエピソードに少し通じるものがあるように思います。
貧乏神にも人の情けがあるのでしょうか。
しかし、奉行所に取り調べの始末書をとられるほどの騒ぎになったとは、当時の人たちが如何に疫病に頭を悩ませていたのかが読み取れます。
もう少し詳しく知りたいという方は国立国会図書館「レファレンス協同データベース」をご覧ください。
八丁堀の甚兵衛宅に、ある日見知らぬ老婆が現れ、甚兵衛を見据えて手招きする。召使が老婆を外に追い出すと、甚兵衛は突然昏倒し、死んでしまった。(延宝5年『新著聞集』)
日暮れから夜中、立派な花嫁行列が八丁堀の本多家屋敷の門をくぐったが、後に狐の嫁入りと判明。当の本多家ではそんな出来事があったことさえ知らなかった。(宝暦3年『江戸塵拾』)
いずれも起承転結の展開が早く、「ちょっと待って!」と言いたくなる怪談ですが、江戸時代に起こった不可思議なことが妖怪の仕業とされていたことは分かりました。
文化年間の末ごろ、北東から南西に大きさ3尺の火の玉のようなものが目撃された。ちょうど鎧の渡しを渡る船の人々が眺めたという。やがて南西の家々では障子が破れ、戸がガタガタ鳴るほどの大きな衝撃があったという。また、遠く八王子では、大きな石のようなものが空から落ちてきた。(文化年間『猿著聞集』)
現代であれば隕石の可能性が真っ先に疑われるところですが、火の玉のようなものとされている点が江戸らしく味わい深いところですね。
八重洲・日本橋・日本橋人形町編
続いては八重洲・日本橋・日本橋人形町エリアより、一層恐ろしい怪談をお届けします!
桶町に篤志家の桶屋という男の一家がいた。ある日、店先で人々に冷たい井戸水を配っていると、若い娘が来ておなかが痛いという。桶屋で療養して回復した娘は働き者だったため、桶屋は娘を気に入り、息子の嫁にすることにした。祝言の日の夜、桶屋の妻は夢を見た。息子が出てきて「昔、狩人だった祖父は多くの獣の命を奪い、追いはぎもしていた。本来は父上がその報いを受けるはずだったが、善行を積んでるため、鬼は災いを与えることができない。だから代わりに今夜、自分が鬼に喰われる」といったという。心配になった桶屋夫婦が新婚の床を覗きにいくと、鬼と化した娘の傍らに息子の頭の骨と手足が散らばっていた。(『御伽百物語』巻之三)
世代を超えた妖怪による復讐劇... なんと恐ろしい!
このような目に合わないよう、清く正しく生きたいと思わせてくれます。
(※(日本橋)桶町は、現・八重洲2丁目付近です。)
麻布で武家奉公をしていた男が急に「暇をもらいたい」と言い出した。理由も明かさず様子がおかしいので、暇を取って当日、別の奉公人が男の跡を追うと、日本橋で忽然と姿を消した。3年後、男から「無事に暮らしているが、帰ることはできない」という手紙が届き、天狗隠しとうわさされた。(文化4~5年『半日閑話』)
時間帯の記載はなさそうですが、市場もあり、それなりに人通りのあった日本橋で忽然姿を消すとは驚きます。
4年前の火事で類焼した芝居小屋の羽左衛門芝居を修理する際、保土ヶ谷の杉山大明神の傍らにある松を伐り、梁としたが、芝居は不入りだった。神木だったから、きっと祟りだと噂が立ったため、舞台で祈祷している時、梁が突然折れて落ちた。実はその3年前にも、この松を伐り出した男の孫娘が悶死していた。男は杉山大明神を修繕すると言って、そのまま放っていたため、祟ったのだと言われた。(文化13年5月3日『兎園小説』)
龍閑川に架かる地蔵橋のたもとでしゃがみこんでいる女がいた。町人が声をかけると、振り返ったその女はのっぺらぼうだった。(『江戸民話物語』)
(竜閑川跡、詳しくは「マニアックまち歩き~暗渠散歩(竜閑川編)~」をご覧ください。)
屋敷に呼ばれた女芸人が歌舞を終えた後、暴風雨の爲、嫌がる家人に頼み込んで屋敷に泊まった。すると深夜、赤い袴姿の大女が芸人の隣で寝ていた老女の寝息をかいだ。この大女はこの屋敷に住む妖怪で、そのため屋敷では客人を泊めないことにしていたという。(『甲子夜話』)
ここに登場する屋敷は海運橋の袂にあった牧野家屋敷のことで、有名な化け物屋敷と言われていました。
区民有形文化財「海運橋親柱」を訪れるたびにこの怪談を思い出しそうです。
佃編
最後は、佃から漁業に関する怪談を2つ!
1つ目は、江戸時代の伝承に出てくる妖魚、菖蒲魚についての怪談です。
こちらは菖蒲の根が魚になったものとされ、文政7年(1824)に江戸に現れたと伝えられています。
しかし、その姿は記録に残されておらず、詳細は不明。
根があることは分かっているため、白くて細い白魚のような見た目だと推測されています。
徳川家康が白魚を好んだことから漁をする権利が厳しく定められており、頓智を効かせた誰かが白魚を怪魚として捕って食べた可能性もあると言われています。
妖怪の伝承を利用して得した者がいたかもしれないとは面白いですね。
中央区観光検定にも出題されたことのある区民有形文化財「白魚献上箱」も合わせてチェックしておきましょう!
2つ目は、於咲浪除稲荷大明神に関連すると言われている怪談です。
狐憑きの漁師から落ちた狐をとらえて殺したが、祠に祭り、尾崎大明神として崇めた。狐は黒船とともにやってきた「オサキ狐」と考えられたためだ。「オサキ狐」とは、人に飼われて命令に従う狐のこと。当時、流行していたコレラはオサキ狐の仕業とされていたので、祟りへの恐れから祀ったとされる。(安政5年頃『安静箇労痢流行記概略』)
こちらは怪談に時代性が反映された興味深い例。
妖怪は、目に見えない恐怖によって生み出されたものとも言えそうです。
おわりに
ここまで中央区の怪談をご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?
これまでに、八丁堀七不思議、霊岸島七不思議、お岩さん(於岩稲荷田宮神社)、川獺について記事で取り上げてきましたが、まだこれほどバラエティに富んだ怪談が中央区に残っていたとは驚きました!
そのような怪談は知れば知るほど奥が深く、江戸時代の人々の間に息づいていた価値観にさらなる興味がわきました。
妖怪も新型コロナウイルス感染症も(目に見えない)恐怖という意味では通ずるところがあります。
正しく恐れ、年末年始もしっかり対策をしたいものですね。
【参考文献】
善養寺ススム・江戸人文研究会『絵で見る江戸の妖怪図巻-江戸の人々が恐れ愛した異界のもの一二三七種(時代小説のお供に)』(廣済堂、2015年)
エディキューブ『古地図で巡る江戸の怪談-不思議さんぽ帖』(双葉社、2014年)