rosemary sea

ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
 ほとんど中央区をクルーズします
 隅田川9橋を中心にご紹介します(4-3)
  ~ 東京水辺ライン 浅草・お台場クルーズ ~

リモートで、愛する中央区をナビゲートします、rosemary  sea  です。

 

『ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門 ほとんど中央区をクルーズします 隅田川9橋を中心にご紹介します』シリーズ、今回は4分割の3回目です。

ちなみに第1回と第2回はこちらです。

⇒ 2023年12月1日

⇒ 2023年12月3日

 

それでは・・・

 

⑦ 清洲橋(きよすばし)
(冒頭画像)
(出航より17:35通過)

隅田川中央区内9橋の7番目、清洲橋です。

低い姿勢をとるという注意はありませんでしたが、「手を伸ばしたりしないようお願いします」とのアナウンスがありました。

 

清洲橋

(日本橋中洲 江東区清澄1丁目)

永代橋とともに関東大震災後の震災復興事業として計画された橋で、昭和3年(1928年)に竣工した。

デザインは、ドイツのケルンにあった吊橋(現存せず)をモデルにしている。

永代橋に対し、流れるように優美な形状の橋である。

「清洲」という名称は、建設当時の両岸にあった日本橋区中洲町と深川区清住町を結ぶことからつけられた。

平成19年(2007)年6月、「当時の最先端技術による昭和初期を代表する吊橋」などの評価を受け、国の重要文化財に指定された。

~ 歩いてわかる 中央区ものしり百科 より ~

・・・清住の「清」と中洲の「洲」で清洲橋、ですね。

 

芭蕉記念館
(出航より17:59通過)

芭蕉記念館
(出航より17:59通過) ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
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右岸、中央区ではありません、江東区常盤1丁目です。

芭蕉は延宝8年(1680年)それまでの宗匠生活を捨てて江戸日本橋(※)から深川の草庵に移り住みました。

そして、この庵を拠点に新しい俳諧活動を展開し、多くの名句や『おくのほそ道』などの紀行文を残しています。

この草庵は、門人から贈られた芭蕉の株が生い茂ったところから「芭蕉庵」と呼ばれ、芭蕉没後、武家屋敷内に取り込まれて保存されましたが、幕末から明治にかけて消失しました。

大正6年(1917年)9月の台風の高潮の後、常盤1丁目から「芭蕉遺愛の石の蛙」(伝)が出土し、同10年に東京府は、この地を「芭蕉翁古池の跡」と指定しました。

江東区は、このゆかりの地に、松尾芭蕉の業績を顕彰するため、昭和56年(1981年)4月19日に芭蕉記念館を、平成7年(1995年)4月6日に隅田川と小名木川に隣接する地に芭蕉記念館分館を開館しました。

当館は、真鍋儀十翁等が寄贈された芭蕉及び俳文学関係の資料を展示するとともに、文学活動の場を提供しています。

~ 江東区ホームページ より ~

※ 延宝8年まで住んでいたところは実際は小田原町、現在の日本橋室町1丁目です。

以前、記事を書かせていただきました。

⇒ 2019年3月9日『店舗前、松尾芭蕉に由来する句碑 ~日本橋鮒佐~』

現在は鮒佐さんの店舗前、ではありませんが。

なお、中央区八丁堀の亀島橋のたもとにも、松尾芭蕉の句碑があります。

 

⑧ 新大橋
(出航より19:52通過)

⑧ 新大橋
(出航より19:52通過) ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
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隅田川中央区内9橋の8番目、新大橋です。

 

新大橋

(日本橋浜町2・3丁目~江東区新大橋1丁目)

ー 震災時に多くの人命を救った「人助け橋」 ー

元禄6年(1693年)に創架されて以来、木橋だった新大橋は、明治44年(1911年)に鉄骨橋に架け替えられた。

大正12年(1923年)に発生した関東大震災では、落橋や火災による被害を免れ、橋上にいた多くの人命を救ったことから“人助け橋”とも呼ばれた。

北西の橋詰には「震災避難記念碑」が立っている。

現在の橋は昭和52年(1977年)に竣工。

~ 歩いてわかる 中央区ものしり百科 より ~

 

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2径間連続斜張橋、という形式です。

斜張橋、というのはケーブルでつないで張っている橋、ということです。

長さ170.0m、幅員は24.0mです。

 

浜町公園
(出航より20:15通過)

浜町公園
(出航より20:15通過) ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
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とてもわかりにくい画像となってしまいましたが、左岸、浜町公園付近には間違いございません。

 

浜町公園

(日本橋浜町2-59)

ー 遊具広場や体育施設を備えた区立公園 ー

区立公園としては、もっとも広い公園。

震災復興公園のひとつとして設置された。

園内には、総合スポーツセンターや浜町運動場などの体育施設があり、区民が運動を行う際の拠点になっている。

南側の遊具広場には起伏のある芝生が広がり、休日などには子どもたちが伸び伸びと遊んでいる。

~ 歩いてわかる 中央区ものしり百科 より ~

 

・・・左岸はもう少しだけ中央区ですが、右岸は江東区から墨田区に変わりました。

 

隅田川テラス
(左岸 勝鬨橋のたもと~ 【出航6:08後~】)
(右岸 築地大橋のたもと~ 【出航4:21後~】)

かなり遅れてのご説明となりました。

このシリーズの第1回当初の築地大橋から見えていたのですが、ご案内の機会を逸していました。

ただ、ロズマリとしましては、この浜町公園脇が最も馴染みのあるポイントでしたので、ここまで引っ張ってきましたのも正解と思っています。

ここを散歩したり、水辺を眺めていると、嫌なことがあっても3グラムほど軽くなる、そんな気分にさせてくれるベストポイントでした。

 

隅田川テラスについて

隅田川テラスとは、堤防を補強する護岸基礎を親水施設として開放した場所です。

現在、隅田川テラスは隅田川の両岸約47kmの内、約32kmの区間で整備され、都心の貴重な水辺空間として、多くの方々に利用されています。

~ 「集まれ!東京の水辺」ホームページ より ~

 

高速道路
(出航より21:30通過)

高速道路
(出航より21:30通過) ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
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 隅田川9橋を中心にご紹介します(4-3)
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人が歩いて渡る橋ではありません、首都高速6号向島線です。

この橋を越えたところ、左岸には「ボタンの博物館」があります。洋服のボタンです。

11月5日に行われました『中央区まるごとミュージアム』、そこでの無料巡回バス・ボランティアガイドの際も、この左岸辺りでスカイツリーの眺望をご案内するポイントです。

 

行き交うクルーズ船 ①

行き交うクルーズ船 ① ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
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東京都観光汽船のクルーズ船です。『エメラルダス』。

未来型のフォルムですね。『エメラルダス』『ホタルナ』『ヒミコ』の3船は似ています。

「銀河鉄道999」の松本零士さんのデザインだそうです。

隅田川を下っていきました。

 

行き交うクルーズ船 ②

行き交うクルーズ船 ② ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
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同じく東京都観光汽船の『竜馬』です。

船名は『坂本龍馬』からのようです。他の船に比べ、レトロ感がありますね。

これも隅田川を下っていきました。

 

行き交うクルーズ船 ③

行き交うクルーズ船 ③ ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
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①のエメラルダスと似た船型ですね。『ヒミコ』です。

途中の発着場で停泊中でした。

 

MAP

MAP ウォーターズ竹芝 → 浅草二天門
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今回は画像中央やや右の赤ラインを進みました。

隅田川の遡上は、至福のひとときです。