rosemary sea

べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 異聞 47
  ~ 東洲斎写楽 ~

リモートで、愛する中央区をナビゲートします、rosemary  sea  です。

 

NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)~」第45話、ついに「東洲斎写楽」が登場、架空の人物としてですが。

喜三二さんの「しゃらくさい」のヒントをもとに、蔦重が「写楽」の名を思いつきます。

ですが絵師の集合体としての「チーム写楽」、歌さんがいないとうまくいきません。

そこで、ていさん、歌さんを口説き落として蔦重・歌麿コンビを復活させます。

ていさん、ナイスアシスト、グッジョブです。

 

45話に登場しました人物は、

シリーズ29蔦重、シリーズ25てい、シリーズ23喜多川歌麿、シリーズ③北尾重政、シリーズ⑬北尾政演(山東京伝)、シリーズ34北尾政美、シリーズ⑳恋川春町(回想)、シリーズ朋誠堂喜三二、シリーズ21大田南畝、シリーズ32唐来三和、シリーズ39宿屋飯盛、シリーズ42滝沢琑吉(のちの曲亭馬琴)、シリーズ46重田貞一(のちの十返舎一九)、そしてシリーズ⑥長谷川平蔵、シリーズ⑭市川門之助、シリーズ30元木網(回想)。

 

今回は「東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく」を採り上げたいと思います。

謎が多い写楽さんですが、八丁堀の地蔵橋に住んでいた、といわれています。

 

なお、冒頭画像は銀座5-12-5白鶴酒造東京支社屋上の神社です。

鉄砲洲(てっぽうず)稲荷神社より勧請された神社です。

こちらの神社も、記事は以前書かせていただきました。

⇒ 2021年2月19日「白鶴酒造東京支社 屋上の神社 初午祭 ~白鶴酒造~」

※ この神社は一般の方々には非公開となっております。

 

東洲斎写楽は・・・

東洲斎写楽は・・・ べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 異聞 47
  ~ 東洲斎写楽 ~

画像は同じく白鶴酒造東京支社屋上の神社の右の狛狐です。

 

蔦重は寛政6年(1794年)から無名の新人・東洲斎写楽に役者絵を描かせ、雲母摺(きらずり:雲母の粉末をのせた、贅沢な仕上げ)の用紙で発売しました。

わずか10か月の活動でしたが、140枚以上の浮世絵を描きました。

ただ、当時としては、写楽の人気は上がりませんでした。

特徴をデフォルメしたことがかえって敬遠されたようです。蔦重の失敗でもあります。

ですが百数十年後からは写楽は高い評価を得ることになります。それもヨーロッパから。

明治13年(1910年)、ドイツ人のユリウス・クルトが著した評伝の影響で、写楽人気はヨーロッパから日本に逆輸入となります。

ですから、蔦重の構想は世界を跨ぎ、そして時代の先を行っていた感があります。

 

写楽は実は、阿波の能楽師・斎藤十郎兵衛、といわれています。

ではなぜ正体を隠す必要があったのか、それはあの出版統制の厳しかった寛政の改革直後であったこと、それと十郎兵衛自身が能楽師という、ある意味公人の身分に近いところにいたことが原因とされています。

光り輝く才能も、蔦重に見出されたからこそ世に出た、ということになります。

そして当時は日の目を見ず、また闇に消えていった、謎が多かった写楽です。

 

 べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 異聞 47
  ~ 東洲斎写楽 ~

画像は同じく白鶴酒造東京支社屋上の神社の左の狛狐です。

 

参考文献 別冊太陽 日本のこころ89 「蔦屋重三郎の仕事」 平凡社刊

     ノジュール 2025年2月 「大特集 蔦屋重三郎を知る旅」 JTBパブリッシング刊

     太陽シリーズ④ 太陽浮世絵シリーズ 「写楽」 1975 冬 山口桂三郎:監修 平凡社刊

     別冊太陽 「浮世絵師列伝」 小林忠:監修 平凡社刊

「べらぼう・・・」での東洲斎写楽は・・・

「べらぼう・・・」での東洲斎写楽は・・・ べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 異聞 47
  ~ 東洲斎写楽 ~

画像は同じく白鶴酒造東京支社屋上の神社です。

 

チーム蔦重が作り上げた、架空の人物・絵師。

ー NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」ホームページ より ー

※ 「べらぼう・・・」では、東洲斎写楽は「架空の人物」として描いています。

 

市川鰕蔵(えびぞう)の竹村定之進(さだのしん)

市川鰕蔵(えびぞう)の竹村定之進(さだのしん) べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 異聞 47
  ~ 東洲斎写楽 ~

画像は湊1ー6-7、鉄砲洲稲荷神社の境内右の狛犬です。

 

(画像は文化遺産オンラインでご覧ください。)

※ 以下の文は 太陽シリーズ④ 太陽浮世絵シリーズ 「写楽」 1975 冬 山口桂三郎:監修 平凡社刊 から引用しました。

鰕蔵は5代目団十郎で、安永8年(1779年)すでに「極上上吉」の評判をうけ、寛政3年(1791年)11月市村座で子息海老蔵に6代目を襲名させ、「祖父、親は海老蔵の文字をつけましたが、私が名前はざこ鰕の文字を用います。・・・祖父は名人、親は上手、いづれも御江戸の飾りえびに御ざりますれど、私儀はほんのざこえびに御ざりますれば、魚へんに叚の文字を書いて改名仕ります」とその口上で述べた。

そして鰕蔵の地位は「極上上大吉無類」に至った。

この絵は鰕蔵の絶大な芸風をよく描出していて、吊り上った眉の下にいきいきと描かれた目はいかにも印象的である。

寛政期の歌舞伎界のトップ役者にふさわしい描写である。

色変わりも注目に価する。

 

三代目大谷鬼次(おおたにおにじ)の江戸兵衛(えどべえ)

三代目大谷鬼次(おおたにおにじ)の江戸兵衛(えどべえ) べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 異聞 47
  ~ 東洲斎写楽 ~

画像は同じく鉄砲洲稲荷神社の境内左の狛犬です。

 

(画像は文化遺産オンラインでご覧ください。)

※ 太陽シリーズ④ 太陽浮世絵シリーズ 「写楽」 1975 冬 山口桂三郎:監修 平凡社刊 では「二代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」となっています。以下、こちらの書籍の文を引用します。

八字を逆にした眉、四角の紅隈にかこまれた目、ぱっと拡げた両手の表情、一分のすきもない見得の瞬間をとらえた作品である。

江戸兵衛は悪人鷲塚官太夫とその弟八平次の味方につき、一平を襲うところである。

懐から両手を突き出し、相手に挑むため着物を脱ごうとする、激しい感情の盛り上りを示す。

紅殻地に黄のストライプの着物と緑の裏地や襦袢の紅と襟の黒、たがいに調和した色彩が美しい音律をかなでている。

 

 べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 異聞 47
  ~ 東洲斎写楽 ~
 べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~ 異聞 47
  ~ 東洲斎写楽 ~

画像は同じく鉄砲洲稲荷神社の門脇右左の狛犬です。

 

・・・NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、次々と登場します「濃いキャラ」に注目したいと思います。