芝居町の福山蕎麦
『絵本三家栄種』北尾重政 国立国会図書館デジタルコレクション
北尾重政の『絵本三家栄種』です。
北尾重政といえば蔦屋重三郎の出版活動を初期から支え、遊女の一人ひとりを当時流行していた生け花に見立て『一目千本』を描いた人です。
今でこそ北斎や歌麿のようにメジャーではありませんが当時は鈴木春信と並ぶ人気絵師。
端正な線と正確なデッサン力、構図も気持ちよくきまっていて私は好きです。
この本は歌舞伎を知らない人でも歌舞伎風俗がよくわかるように紹介したものです。みみずが這ったようなといわれるくずし字もくせが少なく、くずし字初心者でも比較的読みやすく仕上がっています。
この福山という蕎麦屋の店先の絵。なんと書いてあるかというと「(蕎麦屋が)臼をひくと雷かと驚き、粉をふるうと夫婦の諍いかと疑われるのは片田舎の手打蕎麦。名の知れた繁盛店の福山の臼の音は場所柄のせいもあり耳にとまらない。」(一部意訳)
場所柄?さて、福山蕎麦はどこにあったでしょうか?
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答は堺町・葺屋町の芝居町。市村座の東隣にあった「福山」という蕎麦屋の店先を描いたものです。
では、蕎麦の実を挽く臼の音がなぜ気にならないのかわかる絵を見てみましょう。
浮世絵の中の福山蕎麦
『中村座内外の図』歌川豊国 国立国会図書館デジタルコレクション
文化14年に歌川豊国が描いた中村座の前の賑わいです。芝居町は天保年間に堺町・葺屋町から浅草猿若町に移転しました。この絵は文化年間なのでまだ、境町・葺屋町の頃です。
屋根には官許の芝居小屋であることを示す中村屋の定紋「角切銀杏」の櫓が上がり、錦絵や役者の名前が華やかに飾られています。そして芝居小屋の前は大混雑。
この雑踏の中に福山蕎麦の出前持ちがいます。見つけられますか?
3枚続きの真ん中にいます。福山と名が入った岡持ち(けんどん箱)を太い棒で担いでいます。重そうですね。
こんなに賑やかな芝居町の蕎麦屋なら確かにゴリゴリ臼を挽く大きな音も気にならないでしょうね。
有名なあの歌舞伎の中にも!
「助六廓の花見時」歌川国芳 国立歴史民俗博物館 (3枚を横に並べました)
ご存知歌舞伎十八番のひとつ「助六由縁江戸桜」の一場面です。一場面というか役者勢揃いですね。
浮世絵のタイトルが「助六廓の花見時」となっているのは「助六由縁江戸桜」の通称であり、浮世絵のタイトルとしてそう呼ぶことがあるそうです。
真ん中にいる頭に紫の鉢巻き、黒の紋付の着流しに赤の襦袢、鬱金色(うこんいろ=黄色)の足袋。華やかないでたちの伊達男が助六。
助六は吉原に出入りする刀を持つ人々に次々と喧嘩をふっかけて怒らせ、刀を抜かせて確認します。なぜかというと親の仇をさがし奪われた宝刀友切丸を取り返そうとしているのです。
実は宝刀友切丸を隠し持っているのは髭の意休(絵の右側の白い髭の人)。髭の意休は吉原に通い詰め助六の恋人である揚巻(絵の左側の花魁)にあきらめずに何度も言い寄ります。髭の意休にも刀を抜かせようと喧嘩を売りますが意休はなかなか刀を抜きません。一瞬抜いた刀は友切丸では!?さあ、どうなるのでしょう。わくわくするところですが…
話を福山の蕎麦に戻しましょう。
助六の後ろで福山の文字の岡持ちをかついでいるのが「福山のかつぎ」。かつぎとは出前持ちのことです。
意休の子分のくわんぺら門兵衛に「福山のかつぎ」の岡持ち(けんどん箱)がぶつかってしまいます。福山は謝っても許されず因縁をつけられます。福山も江戸っ子。難癖付けられては黙っていられません。啖呵をきったところで助六が助けにはいり、福山の持っていたうどんをくわんぺら門兵衛の頭からかけてしまいます。頭に乗っているうどんを切られて流血していると勘違いしたくわんぺら門兵衛は大騒ぎ。
うどん?福山は蕎麦屋では?
実は助六の「かつぎ」が福山になったのは7代目市川團十郎の助六の時から。それまでは堺町にあったうどん市川屋でした。市村座の隣の蕎麦屋福山に変更になってからも市川屋のうどんを残し、芝居にうどんを登場させることになっているそうです。
川柳の中の福山の蕎麦
・「福山はどっちひいきにもならぬなり」
中村座、市村座どっちもお得意様。
・「福山は楽屋へ粗相担ぎ込み」
役者が舞台でセリフを間違えたりとばしたりしてしまった場合、罰として楽屋中に蕎麦の振る舞いをすることになっていたそうです。これを「とちりそば」といいました。
・「そば化して青物となるむら境」
むら境とは福山が中村と市村ふたつの村の間だから。
天保13年(1842年)に芝居町が浅草猿若町に移転しました。その時、福山も一緒に移転したので跡地が八百屋になった様子をよんだとする解釈があります。
芝居町とともにあった福山蕎麦は幕末の嘉永初年(1848年)に閉店したそうです。閉店の理由は追えませんでした。
しかし今でも「助六」の舞台では「かつぎの福山」は福山の法被をきて江戸っ子らしく威勢よく啖呵を切っています。
堺町・葺屋町芝居町跡の碑
人形町駅A5出口 スターバックスコーヒー人形町店前
【参考文献】
『考証江戸歌舞伎 増補新訂』 小池章太郎 三樹書房
『歌舞伎十八番集』 河竹繁俊 講談社
『日本古典文学大系98 歌舞伎十八番集』 岩波書店
『川柳江戸名物図会』 花咲一男 三樹書
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