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富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

リモートで、愛する中央区をナビゲートします、rosemary  sea  です。

 

ロズマリが先月1月まで勤務しておりました東京都武蔵野市、JR中央線・武蔵境駅近くに杵築大社(きづきたいしゃ)という神社があります。

鐵砲洲稲荷神社(てっぽうずいなりじんじゃ)とは、

 富士塚

という繋がりがあります。

一方、浜離宮恩賜庭園(はまりきゅうおんしていえん)とは、

 将軍徳川家光公の姻戚に起因

 鷹狩り場

という繋がりもあります。

それぞれご説明させていただきます。

それでは・・・

 

区民有形文化財
鐵砲洲稲荷神社の富士塚

区民有形文化財
鐵砲洲稲荷神社の富士塚 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

  ー 区内に現存する唯一の富士塚 ー

富士講(富士信仰者による講)によって造られた塚が富士塚。

鐵砲洲稲荷神社の富士塚は、寛政2年(1790年)に初めてつくられた。

富士山から溶岩又は溶岩片を取り寄せて約18mの高さまで積み上げたもので、6月1日(旧暦)の山開きの日には多くの参拝者が訪れたといわれる。

現在の富士塚は、全体がコンクリートで補強された溶岩又は溶岩片に覆われており、高さは約5.4m。

この中には富士講に関する碑が30基埋め込まれている。

  ~ 歩いてわかる 中央区ものしり百科 より ~

 

 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

「危険ですから富士山に登らないでください」との立て看板があります。

 

 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

注意書きに従い、登らずに見上げました。

頂上に社が見えます。

 

杵築大社の富士塚

杵築大社の富士塚 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

画像中央やや上に社が見えます。

冒頭画像が、その社です。

こちらの富士塚は登っても問題ないようです。

 

武蔵野市史跡

杵築大社の富士山

この富士山は、明治14年5月境本村をはじめ近隣22町村の丸嘉講の協力により作られ、富士講の講中が富士登山や七富士参りをするさい、先達や議員がこの御山に道中の安全を祈願しました。

清瀬の富士山神社に次いで三多摩では最大のもので、境本村を中心とした富士信仰の規模の大きさをあらわしています。

丸嘉講は富士信仰の一つで、今から約200年前赤坂伝馬町の近江屋嘉右エ門がおこし、本市では旧西窪以西の200人前後の講員を擁し、「丸に嘉」を講じるしとする講社です。

昭和47年3月31日建設

武蔵野市教育委員会

 

浜離宮恩賜庭園は・・・

浜離宮恩賜庭園は・・・ 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

国指定特別名勝・特別史跡

旧浜離宮庭園(浜離宮恩賜庭園)

  ー 庭園の拡充が進んだ 将軍家の別邸 ー

江戸時代初期は将軍家の鷹狩り場だったが、三代将軍徳川家光の次男で甲府藩主の松平綱重が、四代将軍家綱から拝領して下屋敷としてからは「甲府浜屋敷」「海手屋敷」などと呼ばれた。

さらに綱重の子、綱豊が六代将軍家宣になってからは「浜御殿」と称される将軍家の別邸となった。

江戸時代中期から後期にかけては、鴨場や茶屋が整備されるなど、拡充が盛んに行われた。

明治維新後は宮内省の所管となり、「浜離宮」と改称され、明治天皇もたびたび行幸するなど、皇室園遊の地として使われた。

戦後は東京都の管理に移行して整備が行われ、昭和21年(1946年)から一般に公開されている。

海水を引き入れて水景を構成する潮入りの池などに、江戸時代の大名庭園の特色が現存している。

昭和27年(1952年)、「旧浜離宮庭園」として国の特別名勝および特別史跡に指定された。

  ~ 歩いてわかる 中央区ものしり百科 より ~

杵築大社は・・・

杵築大社は・・・ 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

少し前の画像です。「七五三詣」の幟(のぼり)が掲げられていました。

 

由緒

この神社は、杵築大社(きづきたいしゃ)といい、今から350年程前、徳川三代将軍家光の従兄弟(いとこ)、出雲の殿様、松平出羽守直政(越前67万石領主松平秀康の三男で、出雲国松江城々主となり、家光に寵愛された)が当所を御用屋敷と定め、鷹狩りをして遊ばれていたところと伝えられております。

殿様は大変信仰厚く、徳川幕府の繁栄と天下泰平を祈願し、ここに出雲の杵築大社(現在の出雲大社)と稲荷神社を御創建されました。

戦後商売繁盛の神として名高い、えびす様を、出雲の美保神社より合祀し、縁結びの神として人々から崇敬を集めている神社です。

境内社に八坂神社、富士浅間神社、金毘羅様及び弁天様があり、秋の例大祭(10月第一土・日)は多くの人でにぎわいます。

 

余談ですが・・・

いつもお世話になっております日本橋木屋さんのホームページには、次のような記述があります。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

小倉織(こくらおり)の歴史

江戸時代初期から豊前小倉藩の特産として重宝されてきた小倉織。

徳川家康が鷹狩りの時の羽織として愛用したと伝えられ、主に武士の袴に用いられ、その丈夫さ故に全国に広まり、坂本竜馬ら、幕末の志士たちにも愛用されました。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

なお、小倉織につきましてご紹介させていただきました過去の木屋さんの記事はこちらです。

2019年4月22日「道具の音 新生活応援 2」

2020年1月13日「小倉織 木屋紺の世界3」

2020年8月21日「小倉織 縞の粋 2020」

2022年1月11日「小倉織 縞の粋 2022」

2024年12月14日「迎春 日本橋木屋」

 

鐵砲洲稲荷神社

鐵砲洲稲荷神社 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

湊1-6-7

富士塚は、この画像では、この社の右後方にあります。

 

浜離宮恩賜庭園

浜離宮恩賜庭園 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

浜離宮庭園1-1

 

杵築大社

杵築大社 富士塚と鷹狩り場
  ~ 鐵砲洲稲荷神社・浜離宮恩賜庭園・杵築大社(武蔵野市) ~

東京都武蔵野市境南町2-10-11

(画像は「杵築大社の手ぬぐい」です。)